ワノクニ
遺跡の内部は、我々が知る構造物とは明らかに雰囲気が異なっている。
床も壁も驚くほど滑らかであり、ウィンから吸収した魔力を用いて、ほのかに青白く光を発している。
おそらく、数千年という時を、誰にも見つかることも、利用されることもなく、ただひっそりと耐えてきたのだろう。
いや、だからこそ、このような完全な状態で残されていたのかもしれない。
「ここって、一体……何なの?」
ユナは嬉しそうに、そして興味深げにキョロキョロ辺りを見回している。
「さあ、俺達もよく分からない……ただ、一部の古代遺跡の方が現代よりも文化水準が高かったのは有名な話だろう?」
「そうね……空中都市マチルとか、どうやってあんな高いところに石材を運んだのか分からないし、そこに絶対に枯れない泉が湧いていたりするものね」
「この先はマチルの比じゃないぞ。きっと度肝を抜かれる」
煽るような俺の言葉に、ユナはますます期待を高めているようだった。
そのまま三十メルほど進むと、また大きな扉が現れた。
ウィンが一歩前に出て、
「エルメン」
と呪文を唱えると、扉は左右に静かに開いていった。
「……どうして、そんな呪文を知っているの?」
「まあ、分かりやすく言えば『運命の糸』の導きだよ。その時一緒にいたアクトに言わせれば、『謎解きもへったくれもない、単なるお散歩感覚で未踏破の遺跡が暴かれていくのは面白味がない』ということだけど」
「あはっ、レンジャーのアクトらしい言葉ね、その気持ち、分かるような気がする。普通に探索すれば、一生かかったってこんな遺跡に辿りつけないね。ズルだわ」
「人聞きの悪い事言うなよ。俺だって、まさか依頼者を理想の結婚相手に引き合わせるのに、こんな古代遺跡を通過しないといけないなんて思ってもいなかったんだ」
ユナとそんな会話をしながら歩いていると、
「まったく、仲が良くてうらやましいよ……ミリアはどう思う?」
と、ウィンがちょっと呆れたように、物静かなミリアに尋ねた。
「別に……いつものことだから」
と、彼女はそっけなかった。
さらに二十メルほど進むと、やや開けた空間に出た。
相変わらず薄暗いが、床や天上、壁面の明かりによって、表情の判別ができるぐらいの光量はある。
「……あれ、魔法陣? うそ、凄く大きい……」
魔導剣士であるユナは、半径十メルほどのその紋様に興味を引かれたように走っていった。
ただ、さすがにその陣内にいきなり入る事はせず、二、三歩分離れたところからじっくりと観察している。
「……これだけの大きさなのに、紋様はものすごく緻密で複雑……一体、何で書かれているのかしら……魔力検知、使って良いのかな?」
「ああ、大丈夫だ」
俺の言葉に、ユナは喜々としてその魔法を使った。
「……魔力はほとんど感じないけど、なにか、ゾクゾクするような気配が部屋全体に漂ってる」
「そうだね、ものすごく高度な仕掛けだよ。これはさっきの扉と同じで、利用しようとする者の魔力を吸い取るんだ。ある程度の魔力量を持つ者がいないと、使い物にならないっていうことだね」
ウィンが、やや得意げに話す。自分の魔力量に自信がある証拠だ。
「さっきから、使うって言っているけど……どういう意味?」
「ああ、そうか、君は初めて見るんだったね……説明するより、実践して見せた方が早そうだ。さあ、この魔法陣の中に入って」
先に入ったウィンの誘いに、俺の顔を見たユナだったが、俺が頷くのを見て彼女も頷き、思い切って魔法陣内に入った。
俺とミリアも後に続く。
全員揃ったのを見て、ウィンは先程と同じ呪文を唱えた。
一瞬、体全体が持ち上げられるような感覚、数秒の浮遊感、そして次の瞬間、目の前の光景が一変した。
「えっ、何……部屋が、大きくなった……魔法陣が増えた……」
「いや、そうじゃない……俺達が、瞬間移動したんだ」
「……それって、まさか……最上級の、集団転移魔法!?」
ユナは目を見開いて驚いている。
俺は頷いて見せた。
今、俺達がいる大広間は、先程までの砂漠の遺跡と同様薄暗く、そして遙かに大規模な空間だ。
魔法陣の数は二十以上に増え、俺達はその中でほぼ中央のそれの上に立っていた。
「じゃあ、ここって……ひょっとして、何処かの世界の果てだったりするの?」
「いや……正直、分からないんだ。ここから直接外に出られる扉なんかは一切ないからね。一つ言えることは、ここは、いくつもの『門』の集合体である古代遺跡の中枢だ」
「門……っていうことは、あの魔法陣の一つ一つが……」
「ああ、別の出口に繋がっている……はずだ。でも、正直な所、俺達は一箇所しか試していないんだ。それこそが、糸の導きだったからな」
俺はそう言って、最も端の方に存在する魔法陣に向かった。
ウィンも既にそちらに歩き出していたし、ユナ、ミリアも後からついて来た。
そして先程と同じように、全員が魔法陣内に入ったところでウィンが呪文を唱えると、再度体が浮くように感じた後、今度は砂漠の遺跡と同様の、やや狭い空間に辿り着いた。
魔法陣も一つになった。
「えっ……これって……戻ってきた?」
「いや……まあ、行けば分かるよ」
俺はもったいぶるようにそう話した。
それに対して、ユナはますます期待しているような表情になった。
しばらく薄暗い通路を歩くと、先程とはややデザインの変わった扉に辿り着いた。
なんていうか、ちょっといびつな感じがする。
そしてさらにもう一度、ウィンが呪文を唱えると、その扉はゆっくりと開き、日光が入り込んでまぶしさを感じた。
やがて目が慣れると、すぐ目の前には、集落が広がっていた。
「え……ここって……どこ? 砂漠じゃあ、ない……」
それは彼女にとって、衝撃的な光景だっただろう。
いくつか民家が見えるが、全て木造で、その屋根は傾きかけた日の光を浴びて、黄金色に輝いている。
ずっと向こうには、屋根が幾層にも重なった、一風変わった巨大な屋敷……いや、城のようなものが見える。
百メルほど先では、俺達の姿を見つけて、聞き慣れない言葉で何かを叫んでいる数人の男性がいる。皆、俺達を指差していた。
みんな、黒い髪を、独特の結い方でまとめている。
服装も特徴的だ。
気温が高い為だろう、全員白っぽい半袖のシンプルな服に、ズボン、それに茶色い帯だ。
「……ここが、異世界?」
「いや……異国ではあるが、異世界ではない……ただ、普通に移動したなら船で半年近くかかるほど遠い場所だ。『ワノクニ』って言うらしい」
「すごい……そんな遠くまで、ほんの数分で転移してきたんだ……」
ユナは目をぱちくりさせている。
そんな中、民家から出て俺達の姿を見つけた、今度は女性らしき人影があった。
彼女は、一目散にこちらに駆けてきた。
歳は十代半ばぐらいだろうか。ユナよりもやや小柄、ミリアよりは大きい。
長い黒髪をたなびかせ、走ってくる。
その顔は喜びに満ち、涙を溢れさせているようにも見える。
ぱっちりとした大きな目、整った顔立ち……俺達からすれば異国の娘だが、相当な美少女だ。
その彼女が、すぐ近くまで走って来て、
「タクヤッ!」
と叫び、いきなり俺に抱きついてきたのだ。
彼女の事は知っていたし、再会も嬉しかったが、ここまでの歓迎にはちょっと驚いた。
「……タク……これって、どーゆー事なのか、説明してもらえる?」
引きつった笑顔で、ぷるぷると全身を震わせながらこの光景を見ているユナが、ほんの少し……いや、相当怖かった。




