指揮
「罠か……考えられるものとしては、泳いで向こう岸に渡ろうとすれば、底が抜けて水中に引きずり込まれるとか、あるいは、巨大な肉食魚が襲ってくるとか……」
アクトが、真面目なのか冗談なのか分からないような表情でそう語った。
「どっちも嫌だな……ミリア、水中を探知することはできないか?」
「……無理。探知魔法は水の中までは届かない……」
「そうか……だったら、試しに威嚇魔法を使うことは?」
「……それも無理。攻撃魔法も、水中には使えない……」
相性の問題、ということか。
陸上では強烈な火炎魔法を操るミリアだが、万能というわけでは無いらしい。
「私の魔法だったら、水中の相手にもダメージを与えられるよ。陸上ほどじゃないけど……」
と、雷撃魔法が得意なユナが、名乗りを上げた。
肉食魚が襲ってくるパターンの罠なら、彼女の魔法が有効かもしれない。
ユナは早速、得意な魔法の詠唱に入った。
「大疾空雷撃破!」
強力な雷が、彼女の両腕から伸びて水面に突き刺さった。
一瞬、その場所に蒸気が上がり、ランタンに照らされた水面上に揺らめいていたが……。
ほんのわずか、水面が泡立ったかと思った次の瞬間、体長数メルはあろうかと思われる化け物が出現した!
巨大な鎌首をもたげる毒蛇のような出で立ちに、俺も、パーティー一同も、恐怖で顔を引きつらせ、唖然とするのみだった。
その化け物はほんの少し、鎌首を後にのけぞらせた。
「……気を付けろ、なにか吐くぞ!」
アクトの言葉に、みんな自分を取り戻し、身構える。
ジョワァァァー、という不気味な音と共に、強烈な水流が、ユナに向って吐出された!
「くっ……!」
彼女は、すんでの所で前方に転がるように水流を躱したが、直撃だと、体が潰れてしまいかねないほどの勢いだった。
ミリアが、ここで何かの魔法を発動する。
彼女のかざした右手から、光の矢が放たれたように見えた……しかしそれは、素早く水中に帰っていったその怪物には直撃せず……向こう側の石壁に当たり、爆発を起こした!
迷宮全体が吠えるような凄まじい爆音、そして火炎も広がった。
俺達は、今までの経験上、あればヤバイと思っていたので、耳を塞いで助かった。
「……逃げられたか……思ったより、動きが速かったな……」
俺は、ミリアに少し気を使うようにそう言った。
ミリアの攻撃魔法は、当たれば威力が相当高いだろうが、あの素早い敵には、先程とは別の意味で相性が悪そうだ。
「水竜、か……やっかいな相手だな。守護者、というわけでもなさそうだが……あるいは、野生の水竜が守護者代わりにされたか……さて、どうするか……」
アクトは思案顔だ。
「……ミウ、君の凍結魔法、もしこの貯水池に放ったらどうなる?」
「ここに、ですか? えっと……多分、全力で放ったなら、表面を凍らせるぐらいはできると思います」
俺の問いに、ミウははっきりと答えてくれた……そしてそれは、俺にとって有益なものだった。
「だったら……ユナがさっきの魔法でおびき寄せて、ミウが凍らせて動きを封じ、ミリアがあの爆撃魔法をぶつける……それでどうだ?」
「……うん、シンプルだけどいいんじゃない? やってみよう!」
ユナは、自分の魔法が役に立っていることに喜んでいるようだ。
「ああ……ただし、みんな自分の身を守ることを最優先にしてくれ!」
俺のその指示に、全員同意してくれた。
手順さえ決まれば、後はタイミングだけだ。
魔法の組み上げに時間がかかるミウとミリアが、呪文詠唱を始める。
ユナがそれにちょっとだけ遅れて雷撃魔法の準備を始めるが、ミウ、ミリアの強大な魔法に比べれば、それほど長い時間は必要無いので、計算通り先に詠唱が終わった。
「大疾空雷撃破!」
二度目のユナの魔法だが、今回もその場所に蒸気が上がり、ランタンに照らされた水面上で揺らめいた。
すると先程同様、ほんのわずか、水面が泡立ったかと思った次の瞬間、あの水竜が現れた!
「いまだ、ミウ! 狙いはあの根本だ!」
「はい……舞氷雪千万!」
彼女の強烈な暴風雪呪文が炸裂、水面を瞬時に凍らせ、さらには水竜も体のあちこちが凍り付き、動きが止まっている。
「ミリア、頼む!」
彼女は、俺の言葉に頷くと、鎌首をもたげたまま固まっている水竜に、先程の爆撃魔法を繰り出した!
その光の矢は、狙い外さす水竜の首元に炸裂。
爆発音と共に、水竜の首元から上が吹き飛んでいるのが見えた!
そして残った胴体も……数秒の後、くにゃりと折れ曲がって、凍ったままの水面に崩れ落ちた。
俺も、周りのみんなも、ふうっと落ち着いた……かに見えたが、まだだ。
ミリアが顔を赤くして、かなり苦しそうに息を荒くしている。
「ミウ、ミリアがちょっとまずい。冷却魔法、使ってくれるか?」
「はい、すぐに!」
ミウは、少しだけ呪文を呟いて……そしてミリアは霜が付いたように白くなり、その後、元の状態に戻った。
さらに、ミリアは携帯していた魔結晶を摂取し、ようやく落ち着いた。
ここまでの俺の行動を、アクトはじっと見ていた。