同級生
しばらく重苦しい雰囲気が続いている中、再びこの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
オルド公の指示に従い、メイドがドアを開ける。
そこで気がついたのだが、今の話は、特に人払いをしていなかった……つまり、誰かに聞かれても良い内容だったということなのだろうか。
後からオルド公にその事を聞いてみると、メイド達には、いわゆる『守秘義務』の契約魔法がかけられており、部屋の中で見聞きしたことは、決して他に漏らさないように強制されているとの事だった。
部屋に入ってきたのは、俺達を呼び出す使者であり、また、王の元への案内人でもあった。
十代中盤ぐらいのその少年は、デルモベート老公がいることに驚いていた。
そして彼が、呼ばれたのはオルドさんとその従者五人だけであることを告げると、黒衣の三人は軽く
「また後ほど会いましょう」
というような言葉を残して、自分達の部屋へと帰っていった。
そしていよいよ、俺達は案内人に連れられて、王への謁見を果たすことになった。
……しかし、案内人はいわゆる『玉座の間』ではなく、少し離れた建物に移動した後、階段を上ったり下りたり、同じような回廊を歩いたりと、なかなか目的の場所にたどりつけない。
この間、外が見える窓は一切無く、自分達がどこを歩いているのか、完全にわからなくなってしまった。
「ねえ……これってひょっとして、あの案内の男の子、迷ったのかしら?」
ユナがこっそりと耳打ちをする。
「いや、それならもっと慌てた様な表情をするだろう。なんか……わざと道を分からなくしているんじゃないかな……」
「あ……なるほど、そういうことね」
俺達のひそひそ話は、すぐ前を歩くミウとユアンにも聞こえたようで、二人とも一瞬後を見て、そういうことか、と納得した様子だった。
王女ソフィア……この国の姫君にして、唯一の王位継承者だ。
彼女が結婚して子孫を残すことが出来ない場合、何処かから養子をもらい受ける他、王家を存続させることができない。
しかし、養子といっても相当血縁の近い者でなければ、歴史有るこのファイスト王家を継ぐことはできないわけで……実は相当由々しき事態となっているらしい。
公には『体調を崩して』休養しているということになっているが、実際は強力な呪いを受けて、眠り続けているのだ。
そしてソフィア姫は、厳重に管理された城内の一室で、懸命の治療が行われているはずだ。
今、俺達がわざとどこを歩いているのか分からなくされているのは、つまり、そういうことなのだ。
やがて廊下が細くなり、そして階段をいくつも下りた先に重そうな鉄製の扉があった。
案内人が合図をすると、閂が外される音がして、ゆっくり開いた。
中に入ると、槍を構えた騎士が四人待機しており、彼等を避けるようにして通過し、なお歩いた。
もう一つ、先程よりもさらに重そうな扉が開かれると……そこは、小さな教会のようになっていた。
騎士が、八人も警備している。
その奥に、絵本で見たことのあるような、天蓋のついたベッドが一つ。
さらに、その脇に四人の大人が立っていた。
「国王陛下、参集に応じ、医師と占術師を連れて参りました」
オルドさんが右手を胸に当て、片膝を付いて挨拶をする。
俺達も、事前に教えられていたとおり、彼の真似をした。
「……よい、オルド。ここは公の場ではない、そのような堅苦しい挨拶は不要だ。他の者達も、そんなに形式にこだわることはない。今はただ一人の父親として頼みたい。娘を、救ってやってくれまいか」
威厳のある佇まいではあるが、若干やつれているようにも見える。
ヴェルフィン・ファイスト国王。
元々は庶民派の貴族で、国民からも人気が高く、尊敬されている人物だと聞く。
「私からもお願い申し上げます、オルド殿、そしてようこそ、神に選ばれし皆様」
王妃様だ。
彼女の方が正当な王位の継承者であり、その婿入りをすることによって王位を譲られたのが現国王だ。
彼女も優しい人柄で知られている。
二人とも四十歳ぐらいだったはずだが、部屋全体が薄暗い上に、表情も憂いを含んでおり、見た目では年齢がよく分からない状態だった。
しかし、俺達が神に選ばれし皆様、と言われるということは……。
「デルモベート先生も、先においでになられたのですね」
オルド公が確認するようにそう言葉を発した。
「申し訳ないが、儂らは少し早くこの部屋に来る道を知っておりましたのでな……いや、しかしその案内人の少年のせいではありませぬぞ」
「もちろん、心得ております」
オルド公は、遠回りさせられたことがわざとであると、最初から分かっていたようだ。
もう一人は、デルモベート老公の弟子、ジフラールさんだ。
先程連れていた女の子、ミリアの姿はなかった。
「貴方達の事は、デルモベート先生より聞いています。貴方達だけが最後の希望です、どうか、娘を……ソフィアを、救ってあげてください……」
王妃様が、涙声で俺達を誘った。
俺達は少し戸惑いながらも、オルド公について行くように歩き、そして王女の眠るベッドの脇に立った。
十六歳の、美しい娘が横たわっていた。
肌の色は雪の如く白い。
薄紫のレースを纏い、胸元から下には、薄手の毛布が掛けられている。
極端に痩せている訳では無く、重病を患っている雰囲気ではなかった。
ただ、呼吸をしているようには見えず……人形が横たわっているような印象だった。
「……ソフィー……私だよ……ユナだよ……」
ユナが、眠っている王女を見るなり、涙を流して声をかけていた。
「……ソフィー……その愛称を知っていると言うことは、貴方は……」
王妃様が、慈しむような目で、ソフィア姫とユナを交互に見つめた。
「はい……セントラークスの同級生でした」
「やはり……ユナ……ロックウェル家のユナちゃんね……ソフィアから、貴方のことは良く聞いていましたよ。これもデルモベート先生のお導き、でしょうね……」
王妃様は、初めて笑顔になった。
セントラークス……俺でも知っている、名門の魔法学校だ。
王様と王妃様は、王女であるソフィア姫をその名門学校に通わせ、同い年のユナは同級生だった……そういうことなのだろう。
何となく、ユナは貴族出身だということは察していたし、王女と面識があるとも聞いてはいたが、俺にとってはかなりの衝撃的な事実だった。
この場に彼女がいることは偶然とは思えず、デルモベート老公の導きがあればこそ、というのは正しいのだろう。
しかし、それ以上に、俺の占いはここに集う全員に、衝撃を与えることになるのだった。




