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身分の差

 結婚相談の対象が女の子。

 しかも、母親同伴。


 ちょっと驚いたものの、わざわざ馬車まで使って尋ねてくれたのだ。

 さらに、ジル先生に紹介していただいたというのであれば、これは誠意を持って接しなければならない。


 いや、決して相手がお金持ちそうだとか思ったからではなく。


 慌てて店を開けて、二人を招き入れた。

 ユナも、当然のようについてくる。たぶん、占いの助手だと話しているのだろう。


 占い台を挟んで、二人には椅子に座ってもらっている。

 俺も椅子に座っているが、ユナは立っている。

 そのほうが助手っぽいという理由だ。


 俺は二人に、この結婚相談所の基本料金、同行する場合の追加料金などについて説明した。

 母親の方はニコニコと愛想良く返事をしてくれ、料金についても、そんなに安いのですね、と嬉しいことを言ってくれる。

 それに対して、女の子の方は、ちょっとキョドっている。

 なんか、一言も発しないし。

 うーん、ちょっとは心を開いてくれないと、やりずらいなあ。


 別に占いに影響はないのだが、やはり母親だけでなく本人の同意も取りたいし。

 そこで、この娘に質問してみることにした。


「えっと、じゃあ……名前と年齢、もし仕事に就いているなら職業も教えてもらえるかな?」


 フレンドリーに、優しく問いかける。


「……あ、はい……名前は、ミウ。十六歳になったばかりです。まだ、仕事には就いていません……」


 十六歳?

 もう少し年下と思っていたが……ユナと同い年だったか。

 しかし……ユナと違って、おしとやかで、大人しい印象だ。

 目はくりっとしていて、瞳と髪の毛は濃い茶色。

 子猫のような可愛らしい顔つきで……うん、ユナとはまた別の系統の美少女だ。

 きょとんとした表情で、俺の方を見ていて……。


 ……突然、ずんっ、と脇腹に鈍い痛みを覚え、我に返った。

 ユナの肘鉄が入ったのだ。

 コホン、と咳払いして、さらに質問を続ける。


「えっと……その歳で、もう最良の結婚相手を見つけようとしているのかい?」


「ええ、その通りですよ。今のうちから、どのような素敵な方がミウの旦那様になるのか、あらかじめ分かっているほうが、花嫁修業にも役立つと思いまして。まあ、お相手の方には、婿養子として入って頂くことになりますけど」


 ……母親のイリスさんには聞いていないのに、勝手に情報を提供してくれる。


「あの、私はまだ早いって思ったのですけど、母が無理矢理……」


 恥ずかしそうに、そして恐縮したように小さくそう呟く。

 うん、声もかわいいぞ……うっ、なぜかユナが俺の事、睨んでいる。ここは話を進めよう。


「……では、ミウさんはあまり乗り気ではないのですか? そうであれば、占いの結果が思わしくないものになる可能性があります」


「……いえ、いつかは、誰かと夫婦になるわけですし……」


 ちょっとあきらめた様な言葉だが、絶対に嫌って訳でもないようだ。

 よく考えれば、身分の高い人って親が勝手に決めたりすることがあるらしいので、最高の結婚相手を見つけようとしてくれるこの母親、優しいのかもしれない。


 俺は大きく頷いて、


「……では、占いに入ります……」


 そう言って、水晶玉に手をかざした。

 そして精神を集中して、まずは、ミウと名乗るこの少女のオーラと、そこから伸びる『運命(フォーチューン)(ライン)』を確認した。


「うおっ……」


 思わず声に出てしまう。


「……何か、見えましたか?」


 母親のイリスさんが、首を少し傾けて訪ねてきた。


「……いえ、大丈夫です、悪いものではなく、ちょっと変わった力を感じたもので……それでは、お相手の透視を行います……」


 そう言って、俺は目を瞑った。


「……大きなお屋敷が見えます。白く、大きな……まるで、城のような。芝生は手入れが行き届き、庭には色とりどりの花が咲いている。そしてそこを歩く、一人の青年。背は高く、端正な顔立ち……年の頃は、十七,八。しかし、彼は作業着を着ている……そして、もう一人の作業服を着た、小太りの男性の指示を受けて、草むしりをしている……この青年が、お相手です。少し離れたところに、表札が見える……そこに書かれている名字は、『エンボス』――」


「ユアンだわっ!」


 少女の、今までに無い明るく、弾むような、嬉しそうな声。

 思わず目を開けてしまったが、そのおかげで彼女の喜びの顔を見られたのは幸いだった。

 それに対して、母親のイリスさんは青くなっている。


「……なんですって! その……作業着の男の子……ユアンが、ミウの最良の相手だとでも言うのですかっ!」


 今度は、顔を真っ赤にして怒っている。


「えっと、彼の名前は分かりませんが……『エンボス』という名字(ファミリーネーム)に心あたりはありますか?」


「エンボスは、私達の名字ですっ! そしてそのユアンは、その屋敷で働く、ただの召使いなのですっ! ですから、そんな事はありませんっ!」


 そんな事言われても、そのユアンが召し使いだとは知るよしもなかったし。

 さっきまでのニコニコとした様子から一変、かなり怒っている。ちょっとイメージが崩れるなあ……。


「……でも、ジル先生は、的中率百パーセントだって……」


 ミウが、ちょっと泣きそうに反論するが……。


「いいえ、それは多分、大人の場合ですっ! よく考えたら、まだミウに結婚なんて早すぎました。ええ、そうですとも! もう二年もすれば、お相手はきっと立派な紳士の方に変わっているはずですっ! ああ、私としたことが、焦りすぎました! さあ、ミウ、帰りますわよ!」


「帰るって、家に? もう夕方……」


「今日は宿に帰ると言っているのです! さあ、暗くならないうちに行きますよ!」


 ……イリスさん、占いの結果に文句を言いながら、戸惑うミウを連れて帰ってしまった。

 最後に彼女が、こちらにぺこりとおじぎをしたのが可愛かったし、それでちょっと救われた気がした。


 ちなみに、占いのお金一万ウェンは、占い台の上に置いてくれていた。

 しかし、あまり嬉しくない報酬だ。


「何、あれ! あまりに失礼じゃない? 占いの結果にあんなにケチつけるなんてっ!」


 ユナはご立腹だったが……。


「占いの結果聞いて、『インチキだっ』って大声で叫んだの、誰だっけ?」


「……ひょっとして私も、あんな感じだった?」


「もっと酷かった」


「……ご、ごめんなさい……」


 意外にも素直に謝るユナに、俺はもう気にしてないから、確かに酷い結果だったし、と笑顔で返した。


「まあ、けど、上流階級の母親からすれば、娘の一番の結婚相手が召使いの男子って言われたら、ショックなのは分からないでもないな……」


「でも、なんかあの子、嬉しそうじゃなかった?」


「ああ。ひょっとしたら、その召使いの青年のこと、好きなんじゃないかな」


「うん、絶対そうよ! 可愛い子だったし、相手もミウのこと、好きに違いないわ! ……それで、どうなの? 『運命(フォーチューン)(ライン)』、はっきり見えたの?」


 ユナ、相変わらず好奇心旺盛モードだ。


「いや……かなり薄かった。すんなりうまくはいかないだろうな……」


「……そうなのね……応援してあげたいけど、あのお母さんじゃあ難しいわね……」


「あと、あの娘……」


「あっ! タクも気付いた? さすがね!」


 と、ユナはますます目を輝かせていた。


「気付いたっていうか……それが何を意味するのか分からないけど、ものすごいオーラ……身体からあふれ出るエネルギーを感じた。あんな大人しそうな子なのに、桁違いだった」


 彼女の『運命(フォーチューン)(ライン)』を見ようとしたときに、やや青白く、そして凄まじい勢いで噴出するオーラに、思わず声を出してしまっていたのだ。


「へえ、そんな風に見えたのね……」


「ユナも、何か気付いていたのか?」


「うん。私の場合、側にいるだけであふれ出す魔力を感じたから、二人の許可を得て、『魔力検知』の魔法を使ってみたの。ビックリしたわ、ものすごい潜在魔力量。多分私の数倍。これでも私、師匠からは相当な魔法の才能って言われてたんだけど、正直、落ち込んじゃう……」


 ユナの、ややトーンの下がった言葉を聞いて、彼女の師匠っていうのも気になったが、それよりも「魔力があふれだしていた」とのことで、大人しそうな彼女がなぜあれほどのオーラを出していたのか納得できた気がした。


 そして、これ以上はあの家の問題だ。

 単に占いをして、その結果にキレられただけだ。

 ちゃんと代金はもらっている。

 これ以上、どうしようもない。

 ユナはいろいろと納得いかないようだったが、あきらめるしかなかった。


 ――二日後。


 ユナの店は暇なようで、朝から俺の店を偵察に……いや、手伝いに来てくれた。

 といっても、結婚相談所である以上、そんなにひっきりなしに客が来るわけではない。

 俺の店も、誰もいない時間帯の方が多い。

 なので、ちょっとユナに剣術を教えてもらって過ごした。

 また、お客さんが来たならば、占いの助手をしてもらった。

 この日は三人の客で、いずれも占いのみで同伴の旅はなし。


 二人は、相手が誰のことなのか、イメージを伝えただけで分かったようで喜んでくれたのだが、もう一人は


「そんなはずはない……」


 とだけ言い残して怪訝な表情で帰っていき、それはそれで俺もユナも気になってしまった。


 そして夕方になり、店を閉めようとしたときに、かなりの勢いで人を乗せた馬が走り込んできた。

 驚いた……その背に乗っていたのは、一人の少女だったのだ。


「……君は、おとといの……」


「はい、ミウです。あのときは申し訳ありませんでした、母が失礼な事を……それで、あの、大変な事になって……」


 顔が真っ青だ。

 そのただならぬ様子に、ユナも駆け寄ってきた。


「あの……お二人の力をお借りしたくて……他に頼れる人がいなくて……」


 相当慌てて、切羽詰まっているようだ。


 大人しそうなこの子が馬にこれほどうまく乗れるということも驚いたが、それ以上に彼女の必死な様子に、俺もちょっと慌ててしまう。


「ミウ、落ち着いて。私は上級冒険者よ。力になるわ」


 こういうとき、ユナの方がずっと落ち着いている。俺の方が二歳年上なんだけど。


「ユアンが……ユアンが殺されてしまうっ!」


 ミウの、涙ながらの悲痛な叫びに、俺とユナは思わず顔を見合わせた――。


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