30才男 2
『お前は死にたいのか?人を殺したいのか?』
オフィスのど真ん中にある公園で日常とかけ離れた未知との遭遇。
フワフワと目の前で浮かんでいるその生物はクククとバカにしたような笑い声を上げた。
笑い声?表情だけでは笑っているのかどうか分からない。真っ黒な毛むくじゃらの中で僅かに分かるビロードのような赤い二つの玉が目なのだろうと分かるがそれ以外のパーツがイビツ過ぎる。
奇妙な動きをしている尖った二つの耳らしき物も本当に耳なのかどうか怪しい。
一瞬猫に見えてしまったその生き物もよくよく眺めていると何故猫に見えてしまったのか全く謎だ。
人間は常識では考えられない物を見ると脳が勝手に身近な生物と変換するのかもしれない。
その生物が普段生きている中では口にしないであろうと言う言葉を発していた。
さっきまでのオレは目の前の幸せそうな人間を殺してしまいたいなど思っていたが、そんなの本気で思っている訳では無い。
死にたいのか?
これは非常に難しい質問だ。
オレなんて死んでも悲しむ人間も困る人間もいない。
だからと言って本当に死んでもいいのか?さっき一瞬は思ってただろう?死んでもいいって。だけど…。このままだらだら行きながら無駄な時間を過ごしながら生きていれば何かいい事があるかもしれない。
そんな僅かな希望を持ったまま今だに何も無いが…。
『おい早く答えろ!死にたいのか?殺したいのか?』
コイツは一体何なんだ!
さっきからうるさい。
頭に直截響いてくる低音に不快感が増す。
『くそ。今回は外れだったかな?お前から負のオーラが溢れていたんだが……イヤ、俺様の勘が外れる事なんてある訳ない』
まだブツブツと言っている。
こんな奴放っておこう、お尻に着いた埃を払いベンチから立ち上がった。
『待て』
さっきまでのふざけた口調と違いドスの聞いた太い声が胸を捉えた。
見えない何かに心臓を捕まれた気がして動けなくなった。
『ほほー。お前、昔はまぁまぁ楽しそうに生きていたんだな、これは学生の頃か?』
眼前の景色が一瞬消え生まれて始めての激しい目眩に襲われる。
吐き気を伴う中で見たのは、初々しいキャンパスライフを送っていた10年ほど前の自分とその頃恋していた彼女との姿だった。
桜色のキャンパス。この世はこんなにも輝いていたんだと、生気に満ちた世界をオレは見せられた。