同じ苦しみ
菊田ひろみとは中学を卒業した以来一度も会っていなかった。
それはそうだ。
私達は性格も何もかも違うのだから、会う必要なんて無い。
彼女にとって私はただ自分のステータスを上げるための人間であり、時には自分のストレス発散のための道具だとしか思っていないのだから。
そんなんだから中学で離れられて本当に幸せだったのに。
まさか、自分から彼女に会いに行く事になるなんて思いもしなかった。
彼女は私の家から歩いて僅か数分の所に住んでいる。
こんな近くに住んでいるのに高校に進学してから一度も顔を合わせた事は無かった。
不思議だね、同じ地域に住んでいなければましてや年が同じでなければ絶対に関わる事の無かった人なのに。
外観に気の使ったスカイブルー一軒家。
自分からチャイムを押すのは初めてでその瞬間震える指に気が付いた。
「はーい」
ソーラライトの電飾でセンス良く飾り付けられた庭先から、ジョウロを持った細身の中年の女性が現れた。
「あら?桜良ちゃんじゃない?久し振りね!ひろみに用かしら?」
庭いじりでもしていたのだろう、日焼け防止のため一切肌が見えない格好をしていたが、それでも彼女からは貴婦人のような空気が滲み出ているのは生まれ持ってのモノなのだろう。
美しさを遺伝子レベルで持っている彼女の家系に僅かながらの嫉妬を覚える。
「お久しぶりです。はい、ひろみさんいますか?」
「ひろみね、まだ帰って来てないのよ。もう少しで帰って来ると思うけど、うちに上がって待ってる?」
菊田ひろみがまだ帰って来て無いと言うことを知り、心の半分でホッとしている自分がいる事に驚いた。
「あ…。大丈夫です。また伺います」
そう言って頭を下げて向きを変えた。
何か言おうとして口を開きかけた彼女を背に足早にそこを去った。
『お前菊田ひろみがいなくて安心しているんだろう?』
グググと気味の悪い低い声が頭上で聞こえた。
相変わらず得体の知れないその猫のような生物は私を見下ろして、表情の無い顔でもう一度グググと低いうなり声をあげていた。
『心のどこかで迷いを感じているのだろう?本当に自分と同じような目を相手に与えてもいいのだろうか?本当に彼女を殺してもいいのだろうか?…グググ。そんな僅かな偽善でお前は自分の命が無くなってもいいと言うのか?』
私に残された時間は一週間。
その間に私が味わった苦しみを誰かに与えなければ私は今度こそ死んでしまう。
死ぬ間際に思った、生きたいと言う気持ち。
『お前は死なずに済んで憎むべき女が死ぬなんて一石二鳥じゃないか?さぁ、早く菊田ひろみを探せ、そしてあの苦しみを与えてやるのだ』