プール
私にとっての菊田ひろみはこの世界で一番憎む的相手。
小学校の時プールの授業中プールサイドに立っていた私は誰かに背中を押された事があった。
当時から泳げなかった私は突然の対応に対処する事ができずに足が着くと言う事実すら頭に無く犬掻きのような無様な姿をさらける事になってしまった。
私のその大袈裟な姿はふざけているとしか思われずクラス中が爆笑の渦に包まれた。
早くプールサイドに上がらなくちゃ、と焦る余り足がつってしまい水が私を襲う。
あ。あれはこの時の記憶だったんだ。
初めて入水自殺を試みた時に感じた既視感はこれだったんだ…。
「大丈夫?」
溺れる私に手を差し伸べてくれたのは、あの女。
菊田ひろみだった。
その手にしがみつき何人かの手伝いもありプールサイドに上がれたのは良かったが。
私は見逃さなかった。
まだ動揺している心情の中で目に写った菊田ひろみの表情を。
菊田ひろみの心配そうな表情の中で一瞬口角が上がったのを。
ああ、私を突き落としたのはやはりこの女だったのか!
菊田ひろみの残酷なこの美しい笑顔を知っているのは私しかいない。
美しい故に誰からも好かれ何の不自由も無く生きていける菊田ひろみ。
人って言うのは目で見えるモノを信じてしまう生き物だから、その人物がいい人か判断をする時おおよその人が感じのいい人をこの人物はいい人だと思ってしまう。
世の中はこの角度から見ても不公平だ。
愛想のいい人間だからいい人間だとは限らない筈なのに。
そう言う人間ほど心に得体の知れない怪物を隠し持っているかもしれないのに。
『おい!いつまで黙っている?これからどうするんだ?』
白とカーキ色の毛を猫のように自分の手で舐め始めた。
感情は読み取れないが少し苛ついているのが分かる。
『代わりの誰かを殺すと言う事を躊躇し始めたんじゃないだろうな?』
「そんなんじゃない…」
けど。
実際に人を殺してしまうなんて事考えた事無かったから。
うっすらと暗くなってきた空が帰路に急ぐ人達を見守っていた。
この人達は日常の生活に何の不満も無いのだろうか?
自分に劣等感を感じる言葉は無いのだろうか?
この人達にも殺したいと思う人間はいるのだろうか?
私は…。いつも不満ばかり。
うまくいかない事を誰かのせいにして。
人と関わりたく無くて自分の世界に逃げた。
『忘れるな、期限は一週間だぞ、もう少しであと6日になるがな』




