決断
彼女の名前は優美子と言った。
品行方正なその姿は家柄のいい事を表していて、貧乏な家で酒びたりの両親に育てられた自分にとってそんな彼女がとても眩しく映った。
バイトを掛け持ちしていてなかなか時間通りに約束の時間に間に合わないオレを清楚な白い服を着て優しい笑顔で迎えてくれる彼女の事が本当に大好きだった。
いつも清潔で美しい彼女が女神のように見えた。
そんな彼女が自分を裏切るなんてある訳無いと思っていた。
あの瞬間。
彼女と部長の浮気現場を目撃したあの日。
理性が完全に壊れた。
彼女と部長…いや、この空間全てを記憶から消してしまおう。
そうすれば自分は自分と言う人格を保ってられる。
そんな気持ちがあったのかどうか、今となっては真相は闇の中だが。
あの日正に狂気の沙汰と思える事件は起きてしまった。
まず手頃なところにあった鋭利に尖った彫刻刀で部長の眼を刺すと、途端にその空間から日常が消えた。
片目を抑える手の平から溢れ出る鮮血と断末魔のような叫び。
それに気をとられず部長を刺し続ける自分の影が壁に大きく映った。
腰が抜けてしまい震える瞳から大粒の涙と彼女の白いスカートは黄ばんできたのを見て刹那的に悲しい気持ちになったが、そんなんじゃ止められなかった。
震えの止まらない彼女の肩を抱き寄せると、ゴクンと唾を飲み込む音と共に、
『た、す、け、て』
と今まで聞いた事の無い絶望の声を聞いたのが彼女との記憶は最後だった。
彼女の白く細い首に両手を掛けた。
正直。
今更あの二人をこの世から消したところであの時の時間を戻す事もできないし。
自分の人生が一変する訳でもない。
だが、あの日。
あの時、あの二人を完璧に葬ってしまえば良かったと言うおぞましい後悔も残っていた。
ならば。
この黒の毛むくじゃらの生物に素直に従おう。
「本当にあの二人を消す事ができるんだな?」
『ああ、ワイは嘘はつかへん。だが。こいつ等を消す際にほんの少しの躊躇いを見せたらお前の魂は消滅する。それでもいいか?』
「そんなの聞いてない」
聞いていなかったが、こんなゴミみたいな人生など続けていて何になる?
さっさといなくなるのが世のため人のためと言うもんだ。
『どうする?やめるか?』
グググと相変わらず不気味な笑いを浮かべながら言う生物にオレは応えた。
「やめる訳無いだろう?オレはあいつ等を消す」




