死ねない
四月、まだ肌寒いこの季節。
私は高校生になった。
正直高校なんて行くつもりなくて、自分が進学することなんて無いと思ってた。
勉強するのも好きじゃないし、人と付き合うのも好きじゃない。
ずっと家にこもっていたい。
「桜良、早くしないと学校遅れるよ。」
下から母親の声がする。
高校は絶対に行くべきだって言われたから進学しただけなのに、高校進学したらすぐに大学のことを考えさせられて、本当もうやだ。
もう死んじゃいたい。
私は机の一番上の引き出しを開けて、青いコンパスを取りだし、左手の甲を思いきり刺した。
赤い血が少しづつ流れて行くのを見てから、痛みを感じた。
私は何で生きてるんだろう?
「桜良ー。」
母親の声がうるさくて、私はスクバを手に取り階段を降りて、一言も言葉を発しずに玄関を出た。
学校に行く気になれずに、近所の河川敷を歩く。
さすがにこの昼間から制服で街中を歩くのはためらったし、それに何より、私はやっぱり人が嫌い。
人が多いとこを歩くのは極力避けていたい。
学校にも行きたくない、家にも戻りたくない。
私の居場所なんてどこにもない。
このまま消えてしまえればどんなに楽だろう。
一瞬で自分と言う存在が無くなったらどんなに楽だろう。
『本当にそう思うか?』
誰かの声がした。
人間の声と言うより機械音に近いものだったけど、私のすぐそばでそんな声を聞いた。
『本当に消えてしまいたいと思ってるか?後悔しないか?』
辺りを見回してやっとその声の主に気づいた。
河のすぐそば、小石に囲まれていたその物に気付く。
白とカーキ色の毛で覆われ、猫のような尖った耳をもち、金色の瞳、黒い鼻は犬のような形をしている、猫よりも小さいとても小さい生き物だった。
『自分なんていなくなればいい?自分と言う存在を消してしまいたいって本当にそう思ってるのか?』
その物は宙に浮きながら、私の目の前に来た。
「お、思ってる。自分なんていなくなればいい、死んじゃえばいいって。」
本当にそう思ってる。
心の中で続ける。
『ふぅん。』
その物は、二三度私の目の前でぐるぐると回りながら、
『今まで生きていて楽しいことあった?』
と聞いてきた。
「それは…。それはいくつか…」
でも、どれもささいなこと。
本当に生きてて良かったなんて心から思えるものじゃない。
「私はもう生きてたくない。それだけ」
『じゃ、今すぐ死んでみろよ』
その生物は急にとんでもないことを言ってきた。
「え?」
あまりにも突拍子もないことだったので、思わず自分の耳を疑ってしまった。
『聞こえなかったの?じゃ、もう一回言うからよく聞いて。死ねる勇気があるのなら今すぐ死んでみな』
何こいつ?
いや、確かに私は死にたい。
毎日死にたくて仕方ない。
いつ死んでもいいと思ってるし。
だけど、それって今なの?
あれ?急に弱気な自分が出てきた。
今なんじゃないのかしら?
こうやって死ぬことにチャンスをくれている人(人では無いが……)がいるのだし。
「分かった、死んでやるわ」
私は目の前の川に飛び込んだ。
川って思ったより深いのね……。
苦しい。
そうだ、私泳げなかったんだ。
迫り来る水の中で前で不思議な既視感に襲われた。
あれ?こんな事前にもあった?
あの時はどうしたんだっけ?
私、このまま死んじゃうのかな?
ああ、死ぬ前にもう一度あのテーマパークに生きたかったな。
あれ?私、今後悔してる。
あれほど死にたくてもうすぐその願いが叶うのに。
何か苦しいはずなのに楽になってきた。
もう目も開けていられない。
私……死ぬんだ。
ガバ。
次の瞬間、私はさっきの河川敷に戻っていた。
あれ?川に飛び込んだはずなのに、どこも濡れてない。
何これ?
私夢でも見てたの?
『残念、君は死ねませんでした』
さっきの生物が明るい声で喋り始め、どこからか宙に浮いてるくす玉を取りだし、ヒモを引っ張った。
『残念、残念。しかし、これによって君はもう一度死ぬチャンスを得られました』
「あんたさっきから何言ってんの?」
『君は今心の中でまだ死にたくないと願ったよね?なので、命が消失しなかった変わりに君の一つ大切な物が今死にましたー。よって。君はもう一度死ぬチャンスを得られましたーーーーー。おめでとうございます』
私の大切な物って?
何が消えたの?
『え?分からないのかな?じゃ、教えてあげましょう。君の1才の時の何かの記憶が全て消えたのですー』
一才の時の記憶?
そんな覚えていないような記憶が消えたってどうってことないじゃない?
『そして、もう一度死ねる権利と、その変わりビッグなプレゼントを与えます。もう一つとっておきのスキルを与えるよー』
その生物はルンルンで続ける。
『今回与えるスキルは、さっきの苦しみを違う誰かにも与えられるスキルだよぉー』
え?
何それ?