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私が彼に求めていたこと

作者: 七氏野

気に入ったので書きました。

綾サイドのストーリーです。

 私の部屋にはたくさんの本がある。漫画に小説、絵本、写真集、果てには哲学書なんかまで。それは、私がいろんなことを知りたかったから。こんなことを言うと好奇心旺盛な勤勉な女の子みたいにも取れるけれど、そんなわけではない。

 私は何よりも、彼と、話すための材料が欲しかったから。

 そう、圭といっぱい話したかったから……




 きっかけは学校終わりの圭の一言だった。


「あのさ綾、今日までやってる絵画展のチケットもらったんだ。よかったら行かないか」


 彼はそう言ってチケットを見せてきた。昴美奈絵画展。この人の名前は知っていた。私の部屋にもある漫画の、作者さんのペンネームだ。興味はがぜん沸いた。もちろん、そうでなくても答えは一緒なのだけど。


「うん、いいね。行こう、圭」


 私はそう言って、圭に笑顔を見せた。圭とはよくこうやって出かけることがあるけれど、私はそれが楽しみでしょうがない。彼とはだいぶ長い付き合いになるけれど、それでも飽きもせずに誘ってくれるのが、私には一番の喜びだった。

 

 この前は映画だった。その前は演劇。もっと前には水族館なんかも行ったりしたっけ。全部受動的なもの。でもそれは彼の性格のこともあるし、仕方がない。こんなこと言うと圭は怒るかもしれないけれど、彼はだいぶ自分から動こうとしないたちの人だと思っている。圭がたまに出してくる話、バイトとか部活とか、クラスのこととか。その中で二、三と女の子の話が出てくる。恥ずかしそうに、丁寧に。それを聞いていると、「ああ、気になってるのかな」って嫌でも考えさせられる。


 だから、今回のチケットのことだって、その子たちの中の誰かを誘えばいいのに、いつもみたいに私を誘ってくれた。だから今まで感じていたちょっぴりの嫉妬なんかも忘れて、私は喜んでしまう。


 絵画展までの道のりは、彼から話を振ってくることはなかった。やっぱり受け身なのだ。でも、わたしはそれでもいい。この道のり、彼が隣にいてくれて、一緒に歩いてくれている。その時間がとても嬉しく心地よいものだから。


「着いたね」


 絵画展の前で圭はそう言った。私はそれにニコッと返す。会場の人はまばらだった。やはりこの田舎町で行われているのだから、そうなってしまうだろう。そういえば昴先生の出身はこの町だと雑誌で読んだ記憶がある。なるほど、だからこの町で開いてくれたのか。この巡り合わせに感謝しなきゃと、私は素直に思った。


 中に入ってみると、絵が所狭しと飾られていて、思わず見とれてしまう。やっぱりこの人の絵が好きなんだと気づかされる。昴美奈の漫画を初めて知ったのは、私が中学一年生の時だったから、今から四年前になる。本屋で手に取ったものがたまたまその人の漫画の一巻だったのだけれど、あらすじを読んだときに、一目惚れしてしまった。その漫画のストーリーの始まりは、迷子になった主人公をかっこいい男の子が助けてくれるというところから。それが、どうしても自分と重なって、気づいたら私はすっかりファンになっていた。


「こういうとこ来るの久しぶり」

「そうなんだ」


 彼のセリフに、私は「本読んでばっかだから」と返す。思えば、映画に行ったのも二か月前だし、最近といったらもっぱら圭か私の家でくつろぐことが定着していた。思えば彼も私も進んで外に行こうとなるタイプじゃないし、きっかけもなかったからそれは仕方がなかった。きっと、私もこんなチャンスがなかったら、外に出ようなんて思わずにいつも通りに変わらない日常を過ごしていたんじゃないだろうか。

 

 絵画展を進むと、一つの絵に目が留まった。その絵は、小学生くらいの男の子と女の子が手を繋いで歩いているものだった。


「ねえ、これ見て」


 そう言って絵を指さすと、圭は突然の言葉に少し驚きながらも、その絵をじっくり見た。


「素敵じゃない?」


 私の問いかけに、彼は「本当だ」と返す。本当に素敵だ。その絵があの日漫画と出会ったときみたいな感情を出させる。そう。この絵はまるで……


「私たちみたいだね」


 圭は、ハッとした顔を見せながら、「懐かしいね」と言った。本当に、この絵はあの時そのものだ。


 小学生の時、私は道で迷子になっていた。親の都合で引っ越してきたばかりで、あまり道を覚えていなかった。ちょっと散歩するつもりで出たら、迷子になってしまったのだ。


 その時声をかけてくれたのが、圭だった。圭はランドセルを背負ったまんま「どうしたの」と心配して近づいてきてくれた。そして不安な私を、手を掴み家まで送ってくれたのだ。そして次の日に、彼が転校先の小学校にいることを知った。その時に見せてくれた彼の笑顔に、私は胸が熱くなり、三年後にそれが恋の始まりだったのだと気付いた。


 きっかけなんて些細なもの。そんなちょっとしたこと、でも特別なこと。それが私を強く動かして、彼と一緒にいる理由を作ってくれた。


「あの日さ……迷子になったのが怖くて怖くて、まるで世界に自分一人しかいなくなっちゃったみたいでさ」


 私の言葉に、圭は「大げさだな」と呟く。でもそれは実際、本当のことで、小学生の私にとってはそれぐらいの大事ごとだったのだ。


「本当に、圭が声かけてくれてよかったよ」

「それはどうも」


 圭はそう言ってニコッと笑った。彼はあまり笑顔を見せない。それは彼がとてもおとなしい性格だからかもしれない。でも時々、それがとてつもなく私を不安にさせる。本当は楽しんでないんじゃないか。無理してるんじゃないか。クラスのみんなと笑い合ってる時の方が、もっと楽しいんじゃないか。そう思ってしまう。だから、彼の笑顔を見ると、安心する。そんなことないんだって思える。


「でもこうして僕が声かけなかったら、こうやって綾と仲良くなることもなかったわけだしね」

「うん、そうだね」


 私は笑顔でそう言う。そう、圭が声をかけてくれなければ、私はこんなにも楽しい毎日が送れなかっただろう。彼を好きになることも……。圭の笑顔を見て、私の笑顔はさらに大きなものになった。


 絵画展の絵はこの会場の規模も影響してなのか、あまり多くはなかった。だから、じっくりと見て回っていた私たちでも、あっという間に進んでいった。絵画展の絵には、漫画家らしくストーリー性が織り交ぜてあった。男の子と女の子、二人の成長の記録みたいに、どんどん成長していく二人が描かれていた。同じ街で暮らす二人の絵は、まるで私たちのことみたいに入り込んでみることが出来た。


 そして、ついに最後の絵の場所に着いた。


 その絵は、夕日の沈んだ街の中で、大人になった男の子と女の子が別れる絵だった。遠くに男の子の背中が描かれ、右の方にはアップの女の子の絵で、悲しそうな表情で涙を流している。


 ああ……


 私はその絵を見て、つくづく重なるものだなと思った。まさにこの女の子は、私自身なのだと。気づけば涙が流れそうで、でもそんな顔を圭の前で見せたくなくて、必死にこらえていた。


「ねえ、綾」

 

圭が私の名前を呼ぶ。けれど私は何も返せなかった。ここで言葉を発したら、たがが外れて大泣きしてしまいそうに思えたのだ。綾、綾、と圭は繰り返す。その声は止まなくて、このままではいけないと何とか「ごめんね」と返した。


「どうしたの」


 彼が心配そうに問いかける。だから私は、答えなきゃいけない。


「ずっと言わなくちゃいけないって思ってたんだけどな……」

「え?」


 彼が驚く。


「私ね……引っ越すんだ」


 私は、困った彼に向けてぎこちない笑顔を浮かべた。




 絵画展の帰り道、私は何も話せずにいた。けれどそれは圭も同じことで、長い間沈黙は続いていた。けれどこのままじゃいけないと思い、話し出した。


「あのね、ずっと言おうと思ってたんだよ。でも、なんだか言うのが怖くなって、ずっと言えなくて……」


 それは本当のことだった。私は言うのが怖かったんだ。その発言が、私たちをずっと遠い関係にしてしまいそうで。私たちの大切な何かを壊してしまいそうで。


「どうしてあの時だったの?」


 圭が慎重そうに聞く。


「それは……あの絵が重なったの。私たちに」

「それって?」

「私が圭に離れられちゃう、そう思って……」


 そう、思ったから。


「なんで? 僕は綾から離れたりなんかしないよ」


 彼が優しくそう言うが、私は首を横に振る。違う、絶対に。


「きっと離れちゃうよ……」

「そんなことないって」

「あるの!」


 ひときわ大きな声が、道に鳴り響いた。圭が驚く。これをいったら、圭との関係が崩れるかもしれない、けれど、もう私の口は動いてしまっていた。


「私は圭と側にいたくてなんだってした! 口数の少ないあなたと話すためにいろんな本読んでいろんな話できるようにしたし、圭の側にいっつもいたいから圭の誘いにはなんだってついていったよ! だって……圭が大好きだから!」


 圭の驚く顔が目の前に見えた。そう、いろんな本を読んだのも、圭の誘いに必ずついて行ったのも、全部、彼が大好きだから。彼への思いが、私の生活を変えていったのだ。

「えっ……」

「私は……小学生の時に助けてもらってから、ずっとずっと圭のことが好きなの」


 目には涙が溢れ、表情もぎこちなくなっていくのが自分でもわかった。私は涙をふきながら、彼をじっと見つめる。混乱していた。無理もない、彼にとっては引っ越しのことも、そしてきっとこの告白のことも、想定外だっただろう。


「ねえ、圭?」


 彼に問いかける。圭はまだ混乱している、そう思っていたが、以外にも彼は心を決めているように、まっすぐと私を見つめていた。


「ごめん」


 えっ、と声が漏れる。突然の彼の謝罪に私は動揺を隠せなかった。


「僕も、綾のことは好きだよ。でも僕は友達として綾が好きなんだ……」


 時の止まる感覚とは、こういうことを言うのだろう。一瞬にして私の周りの空気が凍りつき、私はその場で何もできずに立ち尽くす。そのうちに、なんで、なんでと怒りがこみあげてくる。独りよがりで、自分勝手な怒りが。覚悟はしていても、そんな動揺は隠しきれなかった。


「何で? 何でそんなに早く結論出るの? もしかしたら最後のイタズラかもしれないじゃん!」

「綾、君がそんなことしないことは、僕知っているよ」


 圭が悲しそうにそう言った。けれど彼の言う通りで、イタズラなんかではない。でも私の怖がりで臆病な性格は、直すことはできなくて、どうしてもそんな嘘をついてしまう。そんな意味では、私も彼と同じ怖がりな人間なのだろう。


「綾は大切な友達だから、だからこそはっきりと伝えたいんだ」


 彼の「友達」という言葉が私をさらに傷つける。だから私は、怒りをぶつけてしまう。


「違う! きっと圭は私のことなんてそんなに好きじゃないんだよ、友達としても!」

「……なんでそう思うの?」


 彼はそう問いかける。だってそうだったじゃない。笑顔なんてめったに見せない、いっつも涼しい顔をしている。クラスではあんなにも笑っているのに。私がそうぶつけると、彼は「そんなことない」という。


「綾といる時はいつも楽しいよ!」

「ずっと思ってた! いつもいつもあなたは透かしてばかり。私と合わせてたんでしょ! しょうがなく一緒にいたんでしょ!」


 いつも感じていたことを叫ぶ。


「そんなことないよ! 誘うのだっていつも僕からだろ! 僕は君と一緒にいたいから一緒にいたんだ」


 圭が寂しそうに言う。目を見ればわかる。彼は本心でそう言っているんだ。でも、私は抑えきれなかった。彼の一緒にいたい感情と、私の感情は、似ているようで、全然違う。違うんだ。悲しいほどに。


「私のことずっと鬱陶しいって思ってたんでしょ!」


『バンッ』


 大きな音が響く、左頬がピリッと痛い。それを感じたところでやっと私が圭にされたことに気づく。圭は悲しそうに見つめている。怒りでも、同情でもない、そんな顔をして。


「もういい!」


 私は彼の目を見てそう叫び、一人走っていった。彼から、今は離れたかった。




 いっぱい走って、ふと周りを見てみると、圭はおろか誰もいなかった。


 強い風が吹く。


 あの時あんなに取り乱したのも、あんなことを言ってしまったのも、きっと圭が好きでしょうがなかったから。何であんなことを言ってしまったのだろう。何であんなひどいことを。そもそも告白なんてしなければよかった。そうすれば、私がこの思いに蓋をすれば、こんなことになることも、こんなにも傷つくこともなかったのに。そんな、あの時の自分を裏切るかのような感情が流れ出す。


 圭はいつでも優しくて、いつでも私のことを大切にしてくれていた。だからきっと、あのビンタもきっと……


 私は圭と一緒に、ずっとそばにいたかった。ただそれだけだった。圭といるその時間が、あんなにも幸せだったから。


 告白なんてきっと、さして重要なものではないのかもしれない。彼と付き合っても、友達としていても、圭の側にいれることに変わりはないんだから。だからこの告白は私の身勝手な感情なんだ。彼と「好き」という思いを共有していたい。その証が欲しい。そんな私の求めていたものが、彼への告白へと駆り立てたのだ、きっとそうだ。


 胸がキリキリと痛み出す。彼を傷つけてしまったであろう自分の行動が、身勝手すぎる自分の思いが、恨めしくてたまらなかった。


 明日になれば、また学校で会う。クラスで圭と会う。振られた私は、どんな行動をとればいいんだろう。正直に言えば、彼と顔を合わせるのが怖い、あんなにも顔を見ていたかった相手にそんな風に思ってしまうことが、私をまた傷つけた。


 夕日が沈む中で、私は切に願った。


 これ以上、嫌な自分を見せないようにと


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