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「お帰りなさいです」
「お待たせ〜」
昼食を食べ終えNWOにログインすると、待ってくれていたナビィに返事をした。
このゲームでは、街中では何処でもログアウト出来、再びログインした時にはその場所からスタートする事仕様になっている。
なので、僕の目の前にはログアウトする前に見ていた巨大な建物、訓練場の姿があった。
「ナビィ、訓練場に寄ってみてもいいかな?」
試しに短剣の技術指導などをしてもらおうと、ナビィに立ち寄る許可を得てみると「勿論です!」と笑顔で了承してくれた。
ありがとう。と笑いながら訓練場に2人で入っていくと、中には大きなフロントと、それを囲むようにして幾つものカウンターが並べて配置されていた。
それぞれのカウンター上部に、各種類の武器や料理人の被る帽子など、わかりやすい絵が描かれたパネルが掲げてあり、僕は短剣のパネルを掲げるカウンターまで足を運ぶ。
僕がカウンターの前に立つと、中に立っていた受付のお姉さんがニコリと微笑んで「こんにちは」と話しかけてきた。
「こんにちは、えと、技術指導を受けたいのですが……」
「はい、技術指導ですね。それでは初級、中級、上級の中からお選びください」
お姉さんの言葉の後、僕の目の前に[初級・中級・上級]と書かれたパネルが現れた。
考える必要もなく初級へと触れる。
「初級ですね。1時間の指導が1000エルとなりますが、よろしいですか?」
「はい」
お姉さんは「それではあちらの扉から奥へ行かれてください」とカウンター横にある扉へ案内してくれた。
扉の奥には訓練場という名に相応しい、体育館のような大部屋が存在しており、僕はその中央で腕を組み此方を見つめている、顔や腕など至る所に傷のある強面のおじさんへと近づいていく。
「嬢ちゃんが今回の指導相手かい?」
強面のおじさんは実に渋い良い声をしていた。
僕は「そうですっお願いします!」と思わす緊張気味に返事を返す。
「ふむ、そうだな……先ずは模擬戦闘をしてもらおうか」
おじさんがメニューウィンドウを操作して、2本の木でできた短剣を実体化させた。
僕はNPCがメニューウィンドウを操作した事に驚きながらも、表には出さずその内の1本を受け取る。
バッと、後方に跳んで、少し距離をとったおじさん。
「それじゃ、何処からでも攻撃して来い」
それだけ言うと、木製の短剣を持つ右半身を前に出し、構えをとるおじさんに呆気を取られた。
会って二言目には模擬戦とは……自己紹介とかは良いのだろうか?
(……まぁ何にせよ、今は目の前の戦闘に集中しよう。)
ナビィに少し離れていてと伝えると、僕は改めて名前も知らないおじさんへと向き直った。
すぅーはぁー。
一つ深呼吸して、緊張気味だった身体の力を抜く。
そして、足に力をため思いっきり地面を蹴りつけると、一気に加速した僕は、遅くなった世界の中でおじさんの背後へと回り込んだ。
(油断なんてせずに全力でっ!)
おじさんから受けた歴戦の戦士のような風格に、最初から全力で飛び出した僕は、どうせ避けられるだろうと思いながらも右手に持つ木製の短剣を横薙ぎに振るった。
真横に一つの線を描きながら、僕の攻撃はおじさんに当たる一歩手前で避けられーーー
「グボォアッ!?」
ーーーる事なく、普通にその背中へと直撃してしまった……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なるほど、どの程度の力を持っているのかは大体把握した」
今、僕の目の前には地面に両膝と左腕を地面につけ、その左腕に頭を乗せ、右手で腰を抑えているおじさんがいた。
実に渋い声をしているおじさんだが、最初に感じた歴戦の戦士のような風格は一切感じない。
と言うより、そんなもの一般人であった僕に感じる事なんて出着ないだろうし、勘違いだったんだと思う……。
「さて、君の実力もわかった事だし、一つだけ言わせてもらおう……」
しかし、この声は本当に渋いなぁと思いながら、相変わらず残念な格好のまま喋るおじさんの話を聞く。
「君は私の手におえない。違うものを連れてくるので少し待っていてくれ……」
「……分かりました」
…………。
その空間に沈黙が訪れる。
待っていてくれと言われたのは良いが、おじさんは相変わらずの格好で動く素振りを見せず、僕は本日3度目となる質問をした。
「……えっと、大丈夫ですか?」
「だから大丈夫だと言っておるだろう!……少し待て、もう少ししたら動けそう……かも……」
その後、結局受付へと戻った僕が、受付のお姉さんに事情を話し、急いで救助に来た者たちによって強面のおじさんは運ばれていった。
そして、おじさんの代わりに僕の指導者となってくれたのは、優しそうな雰囲気のお兄さんとなった。
「すまないね、バロンが迷惑をかけてしまったようで、ボクの名はロイ。一応此処で短剣の上級指導を行っているんだ」
よろしくね。と微笑んで自己紹介をしてくれたロイさん。
僕は、あの強面のおじさんはバロンって名前だったんだ……と考えながらも、自分とナビィの自己紹介を済ませる。
「それで、ユキさんはバロンを倒してしまうくらいの実力があるみたいだし、今回は此方の不手際と言うこともあり特別に初級の値段でボクの指導を受けてもらう事になった。構わないかい?」
「はい、よろしくお願いします」
何だか得したみたいだけど、バロンさんに怪我を負わせてしまったのに良いのだろうか?と少し申し訳なく思った。
「ははは、あまりバロンの事は気にしなくていいからね」
まるで心を読まれたように、ロイさんが気遣ってくれた。
顔に出てたかな?と苦笑しながら「分かりました」と返す。
「じゃぁ、指導を始めようか。初級を選んでたという事はユキさんは短剣での戦闘にあまり慣れてないのかな?」
「えーと、慣れてないというより全く初心者で……キチンとした振方すら知らないんですよね」
「そうなの?バロンを一撃で沈めたって聞いたから、ある程度の知識は持っていると思っていたんだけど……」
「あー、それは……なんといいますか……」
ステータスのAGIによるゴリ押しだったとは、ロイさんも思っていなかったようだ。
1から順に説明する事で、漸く僕が戦闘において初心者である事が納得してもらえた。
「うーん、それならまずは基礎から教えた方が良さそうだね」
ロイさんは足元に落ちていた、バロンさんの木製短剣を拾うと、此方に見せるように説明を始めてくれた。
「先ずは短剣の持ち方からだね。見てわかるように刃の部分が親指側に握るこの持ち方を順手持ちと呼ぶ。順手持ちの利点はその可動域の広さだ。手首が振りやすいこの持ち方は短剣の速度をより早く感じさせる事ができる。ちなみに親指を刃の背に乗せる事で衝撃を親指が受けてくれるようになるから、硬い敵と戦ったりする時にやってみるといいよ」
武器の授業なんて、学校ではまず教わる事のないそれは、男心を擽るとても興味深いものだった。
ロイさんは手の内の短剣をクルッと回すと、今度は小指の方に刃先があるゲームやアニメなんかでよく見る逆手持ちへと切り替えた。
「次に逆手持ちについてだけど……どんな利点があると思うかい?」
ロイさんに質問され、今までなんとなくカッコいいって位にしか思っていなかった逆手持ちについて考えてみる。
しかしいざ考えてみると、なかなか利点らしきものは思いつかず、逆に攻撃しづらそうなど難点の方が浮かんできた。
「……カッコよくみえます」
結局それしか思いつかず、駄目元で答えてみたけど、ロイさんは思ってもみなかった答えだったのか驚きに目を見開いていた。
「ぷっ!!くはははは!そうだね、カッコよく見えるよね……ふふ」
思いっきり笑われてしまい、俯いてしまう。
隣でナビィが「ユキ様……可愛い……」と呟いた。
「いやぁ、なかなか面白い子だ。こんなに笑ったのは始めてかも知れないよ!」
ロイさんは茶化すように冗談を言いながら、僕に逆手持ちの利点について教えてくれた。
「逆手持ちの利点は、その可動域の狭ささ」
……?
可動域の狭さが利点だなんて、どういう意味だろう?
「まぁ、実際に体験してみな?」
ロイさんはそう言うと、僕に順手持ちで短剣を頭上に掲げるように指示をした。
「今からボクの攻撃をその短剣で防いで見てくれるかい?」
「えっと、分かりました」
僕の返事にロイさんは一つ頷くと、持っていた短剣を上段に構えて振り下ろした。
カンッと木製の短剣同士がぶつかり、乾いた音がなる。
その衝撃で手首が曲がり、ロイさんの短剣が僕の短剣を滑るようにして移動すると、僕の顔に当たる一歩手前で静止した。
サァーと背筋が寒くなり、僕は慌てて距離をとる。
「ははは、それじゃ遅すぎるよ」
ロイさんに言われた通り、あまりに遅すぎるよ行動だった。
あちらの攻撃が止まってから動いたのだから……。
「まぁ、今は動きの訓練じゃないからね。もう一度やってみようか、次は逆手持ちでさ」
「は、はい!」
再びロイさんの目の前までやってきて、今度は逆手持ちに握る短剣を頭上に掲げる。
そして、ロイさんが同じ動作で短剣を振り下ろした。
カッ!
「……え?」
僕の頭上てぶつかり合った短剣は、今度は手首が曲がることなく、ロイさんの短剣を受け止めていた。
「これが可動域の狭さの利点さ。短剣が安定し、ブレにくくなる。そして力が抜けにくい」
「……凄い」
体感するとその違いは劇的だった。
同じ攻撃を受けたとは思えないほどの違い……。
持ち方一つでここまで違うのか、と感心してしまう。
「これは攻撃の面でも同じだよ。安定した攻撃は力が入りやすいからね、短剣使いなら是非この二つを場面によって使い分けられる様になりなさい」
「はいっ!」
ロイさんの言葉に興奮気味に返事を返す。
これでまだ基礎の一部でしか無いなんて、思わず短剣を握る手に力が入った。




