5.リンの独白②
再会した彼女は、と言っても遠くから眺めただけだがそれですぐに分かった、彼女は覆われた闇ではなくなっていた。
思った通りで、私は絶望した。
いずれ、覆われた闇も光と同化するだろうと思っていた。そして普通の人間よりは光に近しいだろうが、人間として、光の奇跡からは遠のいていくだろうと思っていた。願っていたのかもしれない、彼女が人間であることを。
だが、遠くでお綺麗な微笑みを浮かべ舞台に立つ彼女は、それは正しく光の子と呼ぶに相応しい存在になってしまっていた。そこには一片の闇もない。目を凝らせば少しくらいは存在するのかもしれないが、いくら私でも目が眩むほうが早い。そうして私まで光を崇拝するようになれば、と思いぞっとする。あの娘は本当に孤独になってしまう。それは許容できない。
私にできることは何だろうと考えて、決めたことは、あの闇をあの娘に戻すことだった。
彼女と闇とが同化することができれば。光が何を求めてあの娘に集っているのかは知らないが、もともと彼女の中にあった闇だ、光が忌避することはあっても彼女それ自体を損なうことはないだろう。彼女が自分からそれを享受してくれるのが一番いい。だが、それは難しいかもしれない。今の彼女は光そのもののようなものだから。
であるのなら、彼女の中に闇を呼び起こして、それでもって呼び水にするほかない。
人間が闇を抱えるのは簡単だ。悪意で以て傷つければいい。それだけで、心は闇にまみれる。ましてやそれが、光の寵児の手によるものならば。今が白ければ白いほど、そこに一点の赤は実に目立つ。消しようがない。
私はそれを、彼女の心に植え付けることにした。
闇の衣を捜し出して彼女の光を閉じ込めたのも、彼女に短剣を与えたのも、神殿に裏切りを仄めかして影の男を留めさせたのも、全ては光を追い詰めるそのためだった。
闇の衣はそんなに安い買い物ではなかったのだが、それでも彼女を完全に覆い隠せるわけではなくて、少し焦った。短剣は私が以前に使っていたものだ。それにこれをすれば私は彼女の前からいなくなるわけだから、身を守る術を与えたかったのにも嘘はない。
影の男については、あれは神殿とのつながりがなくなっていたわけではない。というよりもがっちりつながっていた。彼女は知らないが。私自身も神殿とは常に緩くつながっている。これは聖者である限り逃れられないしがらみだ。
私は己が見出した闇をすぐに神殿にも伝えていた。その上で神殿がそれを公開しなかったのは、おそらくより効果的な時期を伺っていたからだろう。もっとも人口に膾炙する時と場所を選び、広める。そうしてそれを光の子たる彼女が払う。どうせそのようなことを考えていたのだろう。
影の男は確かにジャコギートの盾であろうとしたが、そのためにこそ、逆に神殿の意向に逆らえなくなっていた。護衛もあるけれどもあれは監視と連絡係だ。彼女は途中から光の苛立ちに引きずられて、周りを見る余裕などなくしていたから気付いていないだろうけれど。
闇を払うのではなく受け入れることを選んでほしかった。
そうすれば彼女の心に傷を負わせることはなかったし、私もまだ生きて彼女を守ることができた。けれども光は往生際が悪かった。これで私は彼女の傷となった。
それはとても哀しい事なのだけれど、何故だろう、少し嬉しい。




