5.その名を
あぁ、とリンは呟いて、こともなげに告げた。
「あんたの名だろう」
何を言われたのか分からなかった。
どうして彼女との会話はいつもこれほど心臓に悪いのだろう。
「‥‥え?」
「だから、あんたの名だ、ジャコギート」
名?私の名?それは名前ということ?
5つのころに光の神殿に拾われた。12でリンと初めて出会ったころには、私はその名を忘れていた。それが、再会した彼女が軽く口にしてくれているそれなのだろうか。あぁ、まったくもって実感はないのだけれど。
「私は、ジャコギート?」
「そう。光の子なんかでなく。あんたは覆われた闇、ジャコギートだ」
まるで呪文のようにリンは言う。私に再び刻み込むように。特別なことではないかのように、あっさりと彼女は私を救う。
「‥‥どうして」
「昔にあんたと出会った後に、調べたんだよ」
「どうして調べてくれたの」
気付けば私は泣いていた。嬉しいのかと訊かれれば、おそらくそうではないと答えただろう。哀しくも悔しくもない。胸が痛むのは確かだが、痛みで泣いているわけではない。戸惑いが主なように思うのだけれど、戸惑いでひとは泣くものだろうか。
私はひとだろうか。
正面で泣いている私がいるのに、リンは意に介さず、ただ言葉にした私の質問にだけ答えた。
そういえばつい忘れてしまうが、彼女に当たり前の世界は見えないのだった。それでも声で分かりそうなものだけれど。だから分かっていて知らないふりをしてくれているのだろうけれど。
「あんたが返してほしいと願っていたから」
「私が?」
私はそんなことを願っただろうか。むしろ諦めていたとしか思えないのに。
「いや‥‥あんたが奪われたものだと思っていたから、かな。返してやりたくなった。それだけだ」
そうなのだろうか。
確かに私はあの頃、特にリンと出会ったあの頃、今よりも世を拗ねていたように思う。神殿が私を光の御子としてしか扱わないことに苛立ち、とても世の中を斜めに見ていたように思う。‥‥いつから私は、教義で世の中を見るようになったのだろう。今だって真っ直ぐだとは思わない、素直だとは絶対思わない、あの苛立ちはどこへ行ったというのだろう
「あぁ‥‥いいね。大分人間になってきた」
リンとの会話は心臓に悪い。それはここ数年揺らいだことのない感情が揺さぶられるから。
「とにかく、ジャコギート。それがあんたの名で、別に光の神殿はそれを奪ったつもりはなかったらしいがあんたについぞ返されなかったものだよ」
訊いたらすぐに教えてもらえたからね、とリンは言った。
畏れ多くて呼べなかったそうだけどね、と馬鹿馬鹿しそうに。




