2.祝杯
まずは再会を祝そうか、とリンは言った。
どこから取り出したものやら、というか彼女の凝り目は当たり前の景色を映さないのではなかったか、彼女は私に杯を握らせて、水袋から液体を注いだ。
透明なそれは、水ではなかった。
「‥‥酒なんて持ち歩いているの?」
「まぁね」
悪びれもしない。というより、酒など呑んでは一層水分が必要になるのではないだろうか、それは旅装ではないのか、と思ったが、彼女が己の杯を私のそれにぶつけて来たので機を逸してしまった。
そのまま流れるように杯を傾ける、その所作が余りに自然だったので、つられて私も思わず口に運んでしまった。
「‥‥あ」
するりと喉を滑り落ちて、思わず声を上げた私に彼女は笑った。
それは確かに、神事で酒は重要なものだから、私だって口をつけることはある。それこそ物心ついたころにはそういった儀式は執り行われていたから、慣れないものではない。
だが、それを美味と感じたことはなかった。
「リン」
「どうした?」
「‥‥ありがとう」
心からの言葉だったのだけれど、それでいて何に対しての感謝なのか私にも分からなかったのだけれど、彼女の顔が不意に真面目なものになって、私は怯えた。
空になった杯を荷物に無造作に詰めて、彼女は頭巾の下の私の顔を覗き込んだ。
「礼などいらないさ」
私の中に彼女は何を捜しているのだろう。
「‥‥礼を言われるようなことはしていないし、しない。私は私の良心にだけ従って生きるから。
だからあんたを攫ったんだよ」
不快そうに眉をひそめたまま、リンは言う。私は首を傾げることしかできない。何が彼女を不快にしているのか、彼女が私に何を捜したのか見つけられなかったのか、私には分からない。
「リン?」
怯えたまま、私は立ち上がったリンを仰ぎ見た。
凝り目が私を見下ろしている。
「いつからあんたはそんなにも光そのものになってしまったんだ、覆われた闇」
「だって私は光の‥‥」
身体をかがめて、彼女は私の手を取った。それに痛いほど力が込められていて、けれど私は目を逸らせない。
「馬鹿馬鹿しい。あんたは覆われた闇だ。光がいくらあんたを覆ったとしても、あんたは闇を抱いていたはずだ。誰もそれを知らなくても。
なのに何故、そんなにも光になってしまったんだ」
静かに、淡々と、私を‥‥というよりも光を詰るように彼女は言い募る。引っ張られて私は立ち上がって、踏鞴を踏んで彼女にぶつかった。それをこともなげに受け止める彼女は、何故彼女なのだろうと詮無い事を思った。
「覆われた闇‥‥ジャコギート。
私は私の自己満足の為に、あんたから光を引きはがしに来たんだよ」
ひと月以上経って、主人公初めて名前を呼ばれました。




