2.朝の儀式
目を覚ました私は、寝所で苦い笑いを漏らした。
目を覚ました私は5つの子供ではなく13の娘で、そこは神殿の頂の舞台ではなく光の子に与えられた広い寝所のベッドの上。はじめて人々の前に奇跡が顕現した日から、すでに何年も経っている。
何年も経っても、相変わらず光は私に集っている。
「光の子」
ふと入り口を見れば、目の周りを布で覆った娘が立っていた。彼女は私の世話係。情けないことだけれど、私は人の手を借りなければ生きてはいかれない。生きる術を何一つ学ばずに生きてきたから。生かされてきたから。
「起きておられますか、光の子」
尋ねるくらいならその布など取ってしまえばいい。
常に私は思っているが、それを言う代わりに素直に返事をした。
「はい。今朝は昔の夢を見ました」
「そうですか。では朝餉を運んで参りましょう」
世話係はくだらない話になど耳を貸してくれない。そんなことは分かっていた。
彼女は私に背を向けると、布を取り、走って行った。これから厨房に私の食事をとりに行き、それを運んできて、私に集っている光が目に入る前にまた布を巻いて、危なげながら運び入れるのだろう。いつもと同じように。
奇跡の光はたまに見る分には奇跡だが、常に目に入れては却って毒だ、とここの人々は考えている。だから、日常的に私を目にする人々は、私の近くでは目の回りを布で巻く。
ばかばかしい。それなら常に光に巻かれている私は何だというのだ。生まれてこのかた、とは流石に覚えていないが、少なくともこの神殿に匿われてからはずっと光に巻かれてきたのだ。この光が目を焼くというのなら、真っ先に私自身がやられているはずだろうに。
などと考えても詮無いこと。私は息を吐き裸足で床に降り、傍らに置いてあった衣服を手に取り、頭から被る。腰で紐で縛る。神殿の外を私はあまり知らないが、やんごとない方々はこのようなことも他人にさせるという。しかしいくら光の子と呼ばれ、神の奇跡だと呼ばれていても、私は人間だという自覚を持っている。それに、そもそも目を覆った世話係に、子供に服を着せるような作業ができるとも思えない。
簡単に服を着て、今日は頂の舞台に立つ日ではないから髪も梳かさず、私は窓を開けた。
神殿は山の中腹から頂上にかけて建っている。この山は、西の裾野に町を抱え、東は裾野にならず崖になっている。だから世界の果ての神殿だとか呼ばれているらしい。
私の部屋からは世界の果てが見える。
見下ろしてくらくらして、そして私は私を取り巻く光がいらだつのを知る。だから毎日、自分も苦しいのだけれど欠かさず、私は窓から下を見下ろす。
私を取り巻くのは光輝、けれどこの光はわずかに意志を持っている。少なくとも私にはそう感じられる。
光が私に集るのは、光にとってそうする旨味があるからに他ならない。私はそれを知っている。神殿の人々が言うように、奇跡を目にする人々が信じているように、私が純真で無垢な神の子だから光を発しているのではない。光は外から私めがけてやってくるのだ。私はそれを知っている。神殿の人々も知っているはずだが、彼らは私は光に愛されていると私に言って、人々には伝えない。
光は闇を憎んでいる。私は光を邪魔だと思っている。だから、私は毎日世界の果てを覗き込んで光を苛立たせる。そのくらいしか私にできることはないから。
それから、光のいらだちが私を苛むのか、少し苦しい胸を抑えて私は朝日を見た。
私に集る光は邪魔だと思うが朝日は純粋に美しいと思う。