2.灯る光
私の放つ光は、強くなってきているようだった。
それはひとえに、この、闇に覆われてしまっていた帝国に来たことも影響しているのかもしれない。果ての神殿ではここまでの変化はなかった。と思う。この国に来て、常に闇に侵されている者たちを目にしていたことが、おそらくは私の光を強めている。
その思うのだけれど、それだけではないのかもしれない。
「光の御子」
「皇子」
手巾から顔を上げずに私は応えた。彼はそれを受けて、私の座る椅子の正面に腰を下ろした。
こういうことが最近増えた。公務はよいのだろうか、とちらと思うこともあるが、私には関わりのないことだ。ただ、漏れ聞いたところによれば、私を伴い帰る前までは、皇帝に重用されていた彼が、私を連れ帰って以降はそれほどでもないという。重用というのは後ろ暗い類の仕事だったようだから、光に浴した彼が外されるのは分からないでもない。
――私のせいね。
せい?違う、私の導きが彼を陽の下に戻した。
視線を感じる。だが私は反応を示さず、手を動かす。それに話しかけられることもない。だから集中して続けることができる。
私は元来不器用なたちなので、会話をしながらだとか目を離してだとか、そんな状況では手指を刺したり間違えたりするのだ。それを分かっているから、彼もただじっと見ているのだし、護衛たちも私のあずかり知らないところに潜んでいてくれる。
「今日はどうされました?」
キリのいいところまで刺繍を終わらせて、私は完成品を、未完成品と道具類の籠とは分けて畳みながら、じっと待っていた皇子に声をかけた。同時にソンブレがお茶を入れてくれる。世話係達があまりに私を畏れるものだから、こういった簡単な身の回りのことまで率先してやってくれるようになった。闇に紛れて生きる必要などないほど有能だったのではないだろうか。
「礼拝に参りました」
「そうでしたか。貴方に光の導きがあらんことを」
聖句を口にする。それは習い性のようなもので、相手が誰だろうとこぼれる私の習慣だ。それなのに淋しそうな顔をする。それを見ても特に思うことなどない。私は光の子であり、近しい特定の誰かなど在るはずがないではないか。
「聖布を持っている者を、随分と目にするようになりました」
聖なる布とは御大層な名だが、これこそ不器用な私が刺繍に勤しんでいる手巾のことだ。
「そうですか。喜ばしい事です‥‥光は灯っていましたか?」
「えぇ‥‥貴女の光が」
その言葉を聞いて私は笑んだ。
私の光は強くなり、意志を込めて触れたものに残り香が移るように灯るようになった。いつからだろうか。私はそれを何かに利用するようなつもりは当初なかったが、何かの折に目にした神殿長が、配布しやすい形にして光を広めましょうと言ったのだ。
意志を込めるには手作業で何かを作るのが一番いい。最初は聖句を紙に記していたのだが、灯るものと灯らないものとができてしまい、あまり質の良いものはできなかった。いろいろと試してみて、どうやら私が集中しないと完成できないようなものがよいとなった。そこで不得意な刺繍である。これならば、簡単な図案あっても必死だし、慣れてきたころには難しくしていきましょうかと言われて実はちょっと泣きそうである。
更に作業を、空に開かれた中庭ですることで、私から放たれる光を無駄にすることなく利用できる。
利用。そうだ、私の光を利用して、神殿長が何を考えているのかを私は知らない。




