1.そしてまた日常
あの皇帝が采配を振るっている以上、私が皇城でこれ以上できることなどなかった。
皇帝は私を殺さなかった。私がどんなに生意気な態度であっても、それを見逃した。逆に光の寵児におもねることもなかった。何も望まれなかった。光の祝福も不要とされた。確かにこの城に来た頃に比べれば大分闇は晴れていたけれど。
だから、第3皇子はひきとめたけれど、私と神殿長は城を辞し、その代わりに首都に土地をもらって光の神殿を立ち上げた。もともとの名目は分祀の旅だったから、これはこれで目的を果たしたと言えるだろうか。
「‥‥さぁ、光の子。今日も人々が貴女を待っていますよ」
神殿長が薄布の傍らから私を見下ろしている。
新しい神殿は、もともとあった使われていない建物を利用していたが、果ての神殿と同じように階とその先の舞台があった。
――あぁ、記憶と同じ。
――人いきれ。静かな群衆の気配。期待。待望。期待。
――あぁ、昔と何も変わらない。
かつて夢に見た、かつての記憶。それと違うのは、そこにいるのが私と神殿長だけということと、私の身体は露わになっていないということ。子供のころはともかく、今や私も恥じらいを覚えたので流石に全裸にはならない。それにしたって、神殿の貫頭衣はすぐ脱げる状態だし、その下は結構な露出なのだけれど。
「人々を光に導くために」
私という奇跡の体現を目にした人々は、私の光に照らされて、それだけで少しばかりの祝福となる。私が理解しているのはそれだけだ。それだけで人々を導けるとは思っていないが、こんな小さな神殿にできることはそれくらいしかないのは確かだ。
「さぁ、光の子。奇跡を」
ただ、最初にここに来た一年前と比べれば、この国の闇は大分晴れた。
それだけは誇っていいと思っている。
私は貫頭衣を脱いで羽織り、階の先の薄布を払った。
私が舞台に立つのは朝の礼拝の時だけで、それ以外の時間は神殿の中庭で過ごしている。
何せ私は光を放っているから、敷地の外れにいるとそれが漏れてしまうのだ。夜中などは迷惑だろう。だから私の居室は高い位置にしか窓のない、神殿の内部の内部にある。生活の場も勢いなるべく内側となる。
――虜囚みたいね。
ここのところ心のどこかの冷笑が五月蝿い。
私は首を振って物思いを散らすと、中庭に設えてある椅子に腰かけた。一揃いのテーブルには白い手巾が何枚かと、それから何色かの刺繍糸、縫い針が入った籠が置かれている。
これらは神殿の新しい世話係が用意したものだ。相変わらず私の光は常に目にするには徳が高すぎるとされ、世話係達は私を直接目にしないように先に先にと動いている。仕方のないことだけれど溜息くらいは吐かせてほしい。そもそも、常に目にしては目がつぶれるほどの尊いものだというのなら、私自身もそれに護衛のソンブレも無事だが、それはどうだというのだろう。
あぁ、詮無い事を考えている。
私は手巾を手に取り、黙々と図柄を刺繍し始めた。




