9.謁見
「顔を上げよ」
言葉が降ってきて、私は素直に発言者を見上げた。
色合いはやはり親子なので皇子とよく似ている。興味深そうに私を眺めやる視線は、尊大だけれども不快ではなかった。何というか、当然だという気がして咎める気にもならない。私は大人しく見世物になっていた。
「なかなか‥‥面白いものを連れて来たものだな、トレスよ」
「‥‥は」
つい、と皇帝は私の傍らの皇子に視線をやり、言葉をかけた。トレス、誰、と思ったが、どうやらそれが彼の名だったらしい。最初に名乗られたかもしれないが、私はまるで認識していなかった。これからも覚える気などない。もちろん呼ぶ気は一切ない。
「お前も‥‥なかなか面白い変化を遂げたようだ」
「‥‥」
皇帝の声は面白がっているようだったが、同時にどこか威圧感を覚えた。それが証拠に、皇子は反発もできず黙っているだけだ。
私はその間も、不躾にならない程度にじっと皇帝を見ていた。
どうにも分からない。
闇に呑まれているわけではない。だから私の敵でないのは確かだけれど、かといって光に満ちているわけではない。人々を闇に引きずり込むようなことはなさそうだけれど、光に導くでもない。
――清濁併せ呑むというのはもしかしたら、光も闇も内包するということを意味するのかもしれない。
そんなこと、光の寵児たる私が漏らすことはありえないけれど。
「‥‥陛下。このたびのお召の理由を伺ってもよろしいでしょうか」
駄目だ。いろいろと考えて、混乱してきた私は、気付けばそのように発言していた。周りの者たちが色めきたったのが分かった。それはそうだ、本来直答が許されるような立場ではない。
「理由が必要か?」
誰かが咎めようとした気配だけは感じた。それより早く皇帝が質問し返してきたから咎められなかっただけで。それくらい私にも分かる。けれども私は光の子、俗世の地位に意味など見出すわけにはいかない。命の危険を覚えたけれど、おくびに出さず生意気に見据え続けるしかなかった。
「ありませんか。
ただ見てみたかったというだけならばもうお済みでしょう?」
「どうだろうな」
――この男がその気になれば、私などすぐに殺されるのでしょうね。
けれど私は呑まれるわけにはいかないのだ。
内心はともかく、私はただひたすら皇帝を見据え続けた。今更目を逸らすわけにもいかない。かなり必死だったのだけれど、私の足掻くさますら楽しむように眺め続けるこの男のせいで、誰も動けなかった。
大分長い間視線が交錯していたように思うが、実際はどうだったのだろうか。
「実に面白いな。だが‥‥ここにはお前のような存在は不要だ」
言葉からだけすれば、斬り捨てられてもおかしくはなかった。
「光の祝福を」
「不要だ」
だが、切って捨てられたのは私の発言だけで、実際のところは私たちは五体満足のまま謁見室から放り出された。
あの男が私に何を見て、何を思い、どんな結論を出したのかは分からないが、とりあえず殺されることだけはなさそうだ。それが分かっただけでも僥倖だろうか。




