7.皇太子
そして急き立てられるままに急いで、けれど優雅さを求められたので歩いて、皇太子との謁見室までやって来たのだけれど、そこで私は待たされていた。
(‥‥まぁ別に、構わないけれど)
身分あるひととは面倒なものである。逐一偉ぶらなければならないのだから。その点、私は気楽なものである。ただ淡く微笑んで存在するだけで、人々を救うことができるのだ。神殿は誰をも管理しない。ただ救い導くだけ。――他者を操作するという意味では同じだろうとも。
目を伏せぼんやりと考えながら、時折不穏な何かが混ざるが無視をする、ただ私は待った。
焦ることはない。こうして私が存在するだけで、闇の中心となってしまっていたこの城は内から光で上書きされていく。できれば一人ひとりを祝福して回りたいが、望まれない以上仕方がない。もっとも、機会を逸したりはしない心づもりだ。
「顔を上げるがいい」
気付いたら皇太子が入室していたらしかった。先触れはあったのだろうか。まったく気付かなかった。
素直に顔を上げ、一瞬目を合わせる。
拍子抜けした。
「貴様が光の御子か。名の通りだな」
皇帝の謁見室ほどの誂えではないが、一段高いところに皇太子は座っている。私は低いところで立って伏せ目がちにしている。位置関係をも気にするのは格式上当然のことだそうだが、小さいなと私は思う。口に出しては言わないが。
威厳とか、身分とか、格式だとか作法だとか。光の前には俗世の地位など関係がないというのに。
貴族の礼など覚える気もないから、ただ私は頭を下げてみせる。
「お初にお目にかかります、皇太子殿下」
入城のときに貴族連中からは見物されたのだが、その場に皇族はいなかったらしい。理由は知らないが、きっと彼らにとっては有意な理由があったのだろう。
「‥‥不思議なものだな」
手の届かない位置からしげしげと私を眺める皇太子殿下は、何というか、小さかった。
思ったほどには闇に侵されていない。それはこの闇に沈んだ城で永年生活していればある程度は染まってしまってはいるものの、どうやら悪意以て傷つけられるようなことはなかったようだ。よく考えれば当然かもしれない、国を継ぐ人間ともなれば、大事に守られるものだろうから。
ただ、何というか、幼い印象を受けた。
成人男性である。
無邪気さなどとは当然縁遠いし、肉体的には成熟しているのだろうが、精神的に危うい印象を受けた。第3皇子とは、色味的には似通っているが印象はまるで違う。よく言えば繊細なのだろうか。神経質そうだ。
はっきりと他人事だが、これが皇位を継ぐ人間か、と考えると若干物足りないような気はする。
「皇太子殿下に光の祝福を」
あまりにまじまじと眺められて、面倒臭くなったので私は、一言告げてさっさと退室することにした。どうせ私に礼儀作法は求められてもいないし、求めるのも筋違いである。
止められなかったので別に良いのだろう。きっと。おそらくはただ、物珍しさから見て見たかっただけだ。




