1.闇に沈む町
その地に足を踏み入れて、私は酷く衝撃を受けた。
「‥‥これは」
闇に沈んだ町、その中にあって更なる闇に覆われた皇城、私の目に映るのはそんな景色だった。そのまま入城する前に、と一旦私の手をひいて馬車から降りたった第3皇子を見上げると、強張った表情で皇城を見据えていた。
「‥‥やはり、ひどいものなのですね」
皇子は言った。
「‥‥これは、何故、こんなにも‥‥」
うまく言葉が出なかった。こんなにも私は光り輝いているのに、こんなにも昏く重い場所で生きるひとがいるということが信じられなかった。
もっとも、国境を越えたあたりから薄暗く感じられていたから、心のどこかで予想はしていたのかもしれない。
振り返れば、やはり薄闇に覆われたような空の下、私たちの道のりだけがほのかに輝いて見えた。だが、こうしてただ歩いているだけの道のりなど、すぐにまた闇に覆われてしまうのだろう、そう思い、私はぶるりと身震いした。
これは、駄目だ。
私が、救わねばならない。
強迫観念にも似たそれは、決意だと私は思うのだけれど、心のどこかが嘲笑しているような気がする。――傲慢なものね。
それは、私の光に傅く人々を見て、あるいは光に導く私を見て、うすら寒さを感じる心の部分だ、と、はっきり分かったのだけれど私は振り払った。皇子をふり仰ぐ。
「‥‥参りましょう」
「あぁ‥‥光の御子。我々の救い主」
「このような場所で‥‥よくぞ私を見出しに参られました」
たとえそれが、利用するためだろうと、私はその尊い行動を尊重する。
そう告げると、彼はどこか傷付いた様を見せながらも淡く微笑んで見せた。
皇太子はかつての正妃の子、第2皇子は妾腹で、第3皇子である彼はかつての正妃が亡くなった後釜の正妃の子であるのだと彼は言った。彼は末の子で、上には数人の皇女があるが彼女たちには皇位は回ってこない。皇太子が皇位継承権第一位、二位が正妃の子である彼で、三位に皇太子の息子、四位以下は従兄弟にあたる男子が占め、妾腹の皇子は臣籍に下るしかない。皇女たちは基本的に降嫁するか、もしくは外国に嫁ぐかの道以外にない。
だから彼の敵は多くあるのだと言った。
「もうずっと長いこと、この国は争いすぎているのです」
その結果が荒んだ心と、私の目に映る薄暗い景色なのだろう。
肥沃な大地であることが、これほどの争いを産んだのだろうか。
おそらくは、長引かせることができたのがそのひとつの原因であるとは思う。最初の争いが闇を呼び、闇が心を疲弊させ、鈍麻させ、更なる争いを呼びそれがまた闇を呼び。その中心地たる皇城は、はっきりと闇に沈んでしまった。
「貴方の腕は‥‥?」
「8年前に。皇太子妃が懐妊した頃、だから恐らくは皇太子の手の者だとは思いますが、それとも疑心を呼ぶためかもしれませんね」
冥く微笑う彼が闇を纏ってしまう前に、私はその手を取る。
「よくぞ生き延びて私の下へ来てくださいました」
それだけで彼の心は満たされる。その事実がまた私には寒い。




