3.襲撃者
遅々とした旅を続けるその内に、襲撃を受けた。
よく考えなくても当然だったのかもしれない。私の存在は簡単に脅威となる。大概の人間の救いになれるが故に。崇拝され、そのために全てをなげうっても構わないと思わせるような存在など、その恩恵にあずかる者以外にとっては邪魔なだけだろう。
と、言っても私はその現場を見たわけではないのだけれど。
ある朝、野宿の際には宿にもなる素敵な馬車から降りた私に、苦々しい顔をした第3皇子が告げたのだ。
「昨夜、襲撃がありました」
私はその言葉よりも彼の表情よりも、彼に残り香のように移った闇に心奪われた。
「その者に会わせてください」
本能的にその闇を払い、思考するよりも速く私は願い出ていた。
皇子には私がそう言いだすと分かっていたのだろうか。苦々しい表情はそのままに、けれどもそれほど渋るわけでもなく私の前にその男を連れて来た。
手ひどく痛めつけられ縄をかけられたその男を目にした瞬間に、私の口から言葉が零れ落ちた。
「なんということ」
それは手ひどく痛めつけた皇子やその配下に向けるものではない。ただ、その闇に囚われたその男の境遇に対してだったのだけれど、皇子はどこかばつが悪そうだった。襲撃されたら報復するのが当然であることくらいは私にだって分かっているし、繰り返さないようにさせるには自由を奪わなければならないという道理も分かっているつもりだ。光の祝福など、私にだけに許された奇跡であるのだし。だから別段、責めるつもりはないのだけれど。多少の手加減はできたのではないかとは思うけれど。
「このように‥‥囚われて」
私の光は闇を忌避する。それと同時に人々を導かねばならないという使命感がある。
だから、このほとんど闇に沈んで見える男に対して私が覚えるのは、ただ救わねばならないという気持ちだけだ。
誰かが止める前に、私は動いていた。ふらりと男に近付いて、その肩を払った。少しだけ闇が晴れた。
「私が導いて差し上げる」
払える闇ならば払わねばならない。
おそらくこの時の私は鬼気迫る様子だったのだろうな、と、すっかり闇が晴れて私の目にも容貌が映るようになった男を見ながら私は己を省みた。制止が入らなかったということは、おそらくそういうことだ。少しばかり反省した。
「‥‥まさかこれほどとは」
自失している男を前に、傍観していた皇子が呟いた。彼自身、私の光に闇を埋められた経験の持ち主だ。そうか、止められなかったのは見極めるためもあったのだな、と納得した。
「気分はどうですか?」
周囲の意図など私には関係がない。私は優しく男に問いかけた。とにかく今優先すべきはこの救われるべき存在を救うことだ。
襲撃を受けたことについては特に思うことはない。私の存在が救いとなる相手もいれば、脅威となる相手もいる。そういうことだと分かっているから。心が寒いのは気のせいだ。私は私の光以てなすべきことをするだけだ。
「とても‥‥晴れやかな気分です」
穏やかな面持ちで男が呟いて、傷だらけの身体は哀れを誘うものだけれど、けれども彼は幸せそうだったから。
「そう‥‥それはよかった」
だから、私は微笑んだ。




