1.馬車の旅
隣国への旅路は、そう簡単なものではなかった。
主に私の光、隠しきれない光輝のために。
勿論隠すつもりなど毛頭ない。私の光は人々を導く為に在る。ただ、そのためにきっと今や闇に囚われてしまっているだろう隣国への到着が遅れてしまうのは、少しばかり困ったことだ。もちろん私の光に魅かれる人々を見捨てることなど考えられないから、困ったことではあるのだけれど私は旅路を急げない。
焦っていたのは第3皇子の側だった。
「また民衆が‥‥」
「‥‥広場があればそこに誘導せよ」
配下の報告に、苦々しい声で皇子は告げた。もうこれで何度目だろうか。
けれど仕方のない事なのだ。いくら道行きを秘密にしようとも、いくら馬車を質素な外見に変えようとも、いくら護衛を目立たないように配置しようとも、私の身に纏う光輝は漏れてしまうものだから。
「祝福を求める人々は、こんなにも多かったのですね」
私は笑んで彼に告げる。迷惑に思っているのは正直なところ彼らだけで、私は心から喜んでいるのだ、と匂わせる。――本当に、心から?
「私は世間知らずです。聖者になれないとしても、市井から目を逸らしてはならなかったのに」
「稀有なかた。貴女が思い煩うことなど何もない」
彼は私を全肯定する。そして私の我儘とも言える、道行きながらの祝福を、きっと歓迎はしていないのだろうけれども私のやりたいようにさせてくださる。そしてまた、手の甲への口づけ。
「貴女の光を、あまねく光を、求める誰からも奪えるものではないのです」
素晴らしい使命感を表明してくれる。私の光を隠すことなどしないから、私は彼に微笑むことができるのだ。もしも辿り着いた隣国で、彼が私を閉じ込めようなどとするならば、私は二度と微笑みかけることはないだろう。
ざわざわと人いきれ。昔から慣れ親しんだ、群衆という生き物が、この馬車の壁の向こうにいることを感じる。愛すべき気配だ。
救いを、光の祝福を求めてやまない彼らの前に姿を現すことが、ただひとつ私にできることなのだから。私にできる、導くということなのだから。
馬車が止まり、皇子に手をひかれて立ち上がる。
「光の御子‥‥」
彼が苦しんでいるのは知っている。
私に執着し、奪い去りたいと願っていることを知っている。けれど同時に崇拝し、私の使命の助けとなりたいと願っているということを知っている。その間でひどく苦しんでいるのを知っていて、けれどそこに闇がないのなら私は構わないのだ。
「人々に祝福を」
「‥‥えぇ、参りましょう」
質素に作られていてもそこは皇族の使用する馬車である。揺れや軋みは驚くほど少ない。少ないにしても止まった中から出ようとすればそれは外部に伝わるもので、壁の向こうで大勢が息を呑むのが感じられた。私は笑む。
扉が開かれる。馬車の中は別段薄暗かったりはしないのだけれど、解放感とは明るく感じられるものだ。私の纏う光が一層強くなる。




