3.欠けたる闇を満たす光
彼の持つ雰囲気が、触れれば切れるほどのものになった。
私は気付かなかったつもりで、ただこのひとを導かねばならないという使命感で、つと立ち上がった。
「欠けていらっしゃるでしょう。
ここと――」
間にあった低い卓子を避けて一歩踏み出し、彼の左腕を示し、そのまま手を動かそうとしたところで掴まれた。
掴んだのは言わずと知れず、彼の皇子で、立ち上がった彼の目線は私よりも高いところにあり、見下ろされていた。
けれどその瞳は驚愕に見開かれていた。
私は笑んだ。
「欠けたる闇を満たすのが、私の光の祝福ですから」
「‥‥馬鹿な‥‥」
「御子の奇跡は本物です」
かすれた声に応えたのは、黙って見守っていた神殿長だった。穏やかな声が胸に染み入る、そういう声を持っているからこのかたは神殿の長という地位に立ち、それを守っていられるそうだ。
彼はそれを耳に入れた風もなく、けれど確実にそれは浸み込んでいるはずなので、きっとこれ以降彼が神殿に仇成すことはありえない。神殿長の声はそういう声だ。
彼はただ、私が示した左腕、その先につながる手を開いたり閉じたりしていて、そうできることに深く驚いていた。
そして恐れるように私を見る。畏れるように。
「何をした」
私は笑む。彼の、左腕の欠けたる闇を満たしたことで、もうひとつ欠けた彼の心にも光が満ちていくのが分かって、嬉しかった。
「その腕を満たしました」
私がしたのは本当にそれだけ。
悪意は人を損ねる。
悪意を持ってつけられた傷は、つけた者にもつけられた側にも欠けた闇を作ってしまう。傷は治っても欠けは戻らず、治ったはずなのにまるで借り物のように感じられる、らしい。私自身は悪意を持って傷つけられたことも闇を抱えたこともないので分からないのだが。
私はその欠けたる闇を、私自身の光で満たす。それだけだ。
悪意を持って傷つけた者を間近に見たことはないし、それを満たしたことはないから確かではないが、きっとそちらも私は満たせると思っている。
「本物‥‥か」
ほら、神殿長の声は届いていた。彼は自分が呟いた言葉が借り物だとは気付かない。
「御子の光は全てを導きます」
「それが私の使命ですから」
「導き‥‥そうか」
彼は呆けたような顔をして、気付かずに神殿長の言葉を復唱して、それから私をじっと見た。私の光を。
「‥‥光の御子」
そうして満ちた光の下、誠意をもって私に告げた。




