1.面会者
現在がいつなのか判然としない。
私はいつものように窓を開き、そのさきを見つめる。
私があの天使に出逢ってから、しばらくして、私の居室は変更になった。世界の果て、人々の目から届かないところではなく、人々の生活を見下ろす部屋に。朝の同じ時間、毎日は私の光から始まるのだと、面会した町の有力者が嬉しそうに言っていて、私はその脂ぎった顔から目を逸らさずに光栄ですと微笑った。
現在はいつだろう。私はいつから神殿の為に動くようになっただろう。
いえ、それは違う、私はいつでも、私たちはいつでも、人々のためにある。神殿は人々を蒙昧のままに動かすけれど、人々の敵ではないから私もその内部に甘んじて在る。それだけだ。
「‥‥私も、聖者だわ」
在り方は違っても、市井に交じられずとも、人々の為に在り人々を導くのだから。
「‥‥いつから私は聖者だった?」
口が勝手に動いて、私は言葉の響きに首を傾げた。
私は聖者だ。神殿の光の御子。朝の習慣は変わっていない、目に映るものが、私の光の届かない世界の果てから、私が導くべき人々の営みに変わったというだけ。それはむしろ喜ばしい変化であるはずだ、世界の果てに私の光は届かない。人々にそれが届くことこそ望ましい。
それなのに、どこか心が寒いのは何故だろう。
心が寒い、そうして不安になると、私はいつでもあの天使を思い出す。
黒衣の天使、きっと私の対の、凝り目の聖者リン。
彼女は私を何と呼んだだろうか。思い出せない。思い出せないのだけれど大事なことのように思う、なのだけれど同時に忘れなければならないと思う。それは私の名と同じ。確実にどこかに残っているのだけれど触れてはならない、もの。
「‥‥私の記憶なのに?」
当然だと納得する気持ちはある。けれど同時に、やはりうそ寒い心持ちもある。
考える時間が欲しい、と私は切望した。けれど同じ私は、考える必要はないと感じた。
そして今日も、どちらにしても、考える時間が与えられるその前に扉が叩かれる。
いつかの繰り返しのようだった。
「‥‥お客様、ですか?」
いつか、天使と私とが出会った時と同じ、食事時にその知らせは与えられた。
現在の私の世話係は、あの時の彼女とは違う者だが。あの彼女はどうなっただろうか、確か、やはり光に灼かれて辞していったのだったか。それとも己が私の光に浴したいと願う誰かのためにその地位を追われたのだったか。大した地位でもないのだと私は思うのだが、人々は私の光を強く求めるものらしい。それが導くということなのなら、――
「はい、光の御子」
内から何かがこみ上げる気がしたが、それが何か私に知れる前に、世話係の声で霧散した。
「‥‥面会の予定はなかった、と記憶していますけれど‥‥」
首を傾げる私に、なぜだろう、冷ややかに世話係が答える。彼女は私が気に入らないのだろうか、こんなにも人々の為だけに私はいるのに。
「ねじ込んでいらっしゃったのですよ」
「まぁ。それは‥‥とても有力者のかたなのですね?」




