出会いなんて、ちっぽけなもんであって
春の風に誘われて、応太は街へと繰り出した。
春物を出そうとしたら、虫食いだらけでほとんどを捨てるしかない状態になってしまっていたため、買い物にやって来たのだ。
去年、片付ける際にはきちんと洗い、天日干しもしたはずなのに。などと考えるが、後の祭り。もう、穴あき状態はどうにも戻らない。しかし、それでもあーだこーだと理由づけをし、後悔を繰り返してしまうのが応太だった。
電車を出ると、そこは春の陽気で太陽が笑顔を振りまいている。
「天日干し、したのになぁ」
電車の軽やかな出発音を聞きながら、応太は未だ後悔の海に一人浸ったままだ。太陽から逃げるように影へと入り、南口に併設されているショッピングセンターを目指す。
ほんの数時間で、応太の両手にはパンパンの紙袋が下がった。運よくセール日に当たり、安く買い物が済ませられ応太は頬を上気させている。十分買ったと、ようやく一息つくと呼応するように腹時計も一声をあげた。
ショッピングセンターから出て、ゆっくりと休憩ができそうな店を探す。しかし、ちょうど昼時ということもあり、どこも込み合っていて、ゆっくりとした時間は過ごせそうにもない。
ウロウロと視線をあちらこちらにやってみるが、応太が望む場所は見つからない。
その時だった。
牛丼チェーン店の横に地下へと向かう階段が、ひっそりと伸びていることに気付いたのは。
賑わう地上とは一線を画すように、静かに存在する階段に、応太は興味を惹かれ、誘われるように足を運んだ。
電気の付いていない階段は、地上からの光しか頼るものがないものの、東風が吹き入ってきており、暗い雰囲気を一切感じさせない。階段を十数段下りると目の前には『営業中』の札が扉に掛かっていた。応太は心の高ぶりを抑えるように、一息深呼吸をして、取っ手をひねってドアを開けた。
煩わしさを感じないウェルカムベルと共に応太が中へと入ると、老年の男が、いらっしゃいませ、と声をかけてきた。その言葉を聞いて、応太はほっと胸をなでおろし、店内で一番奥のカウンター席にどさっと腰を下ろした。
サンドイッチとブラックを頼むと、応太は店内を横目で観察する。
カウンター席しかない小さな喫茶店で、店内には応太以外の客は見当たらない。静かな雰囲気を壊さない、落ち着いたジャズが店内の空気に優しさを乗せている。今は、ほとんど見られないレコードと言いうところも応太は気に入った。
「お待たせしました」
店の雰囲気に浸っていると、小さな女の子の声が聞こえた。
声のした方をみると、応太の横にメイド服を着た小さな女の子がちょこんと立っている。その手にはサンドイッチとブラックコーヒーがある。
「あ、どうも」
応太が不思議に思いながらもそれを受け取ると、小さなメイドは、頭の上の白いカチューシャを揺らしながらお辞儀をして、駆け足でカウンターの中へと消えていった。
マスターらしき男性の孫だろうと、応太は考えた。今はきれいに作られたサンドイッチを食することが一番だと思い、小声でいただきますと言ってゆっくりと食事を始めた。
手作りの温かさがある、サンドイッチを食べ終えコーヒーを飲んでいると、あのメイドが応太を見ていることに気付いた。
「なぁに?」
子供に話すよう、いつも以上に優しい声音を作ってメイドに話しかけた。
「あのね、いっぱい荷物があるから、何かなって」
「芽衣、こっちへおいで。お客様、申し訳ありません」
マスター(仮)が、メイドを諌めるように呼ぶ。しかし、応太が構わない、と言うとマスター(仮)はしわがれた顔により陰影を乗せ、苦笑いをしながら、礼を言った。
「春のお洋服を買いに行ったんだ」
そう言いながら、応太は一つの紙袋の中を開いてメイドに見せた。
「いっぱいだねぇ」
「うん。いっぱい買っちゃった」
「いいなぁ、わたしも新しいお洋服、ほしいなぁ」
「どんなお洋服が欲しいの?」
「うんとねぇ、ピンクのメイドさん」
応太は笑顔のまま固まった。
「どうしたの?」
「うん……ピンクのメイドさん?」
応太の聞き間違いかと思い、聞き違えた言葉を聞き返してみた。
「そう! ピンク色したメイドさんのお洋服がほしい」
きらきらと言う効果音が付きそうなほどに輝いた目で、芽衣は言った。
「芽衣ちゃんは、メイドさんが、好きなんだね」
「わたし、メイドさんだもの」
芽衣は胸を張って応太に答えた。
苦笑交じりのマスターが横から入って来た。
「芽衣は、将来メイドになると言って聞かないものでして……。持っている服はすべて、」
「メイドさんのお洋服なの!」
マスターの言葉を奪って自分のことを言う芽衣は、興奮しているようで、全身を使ってメイドの素晴らしさを語る。
そんな芽衣の話をはぁ、やへぇ、などという相槌で返すしか応太には出来なかった。
喫茶店を出て、電車に乗る。
店を帰る際は、芽衣が寂しがってあやすのに苦労した。マスターも申し訳なさそうにしていたのが、拍車をかけたと言うこともある。
今日一番の疲労感を漂わせ、座席にどすっと腰を落とした。
「あ」
そこで、応太は思い出す。
大学に隣接する付属の初等科に、メイド服で通う少女がいるという噂を思い出したのだ。
翌日から応太の疲労は、風光る中、嘲笑う太陽に照らされ蓄積していくのだった。
「応太お兄ちゃん!」
応太の隣には、ピンク色のメイド服を着たかわいらしい少女がいつもくっつくようになる。
それは、何十年先もずっと。
読んでいただき、ありがとうございました。
芽衣に付き合わされていく人生を送ることになるであろう、応太です。もうちょっと、出会いをセンセーショナルに運命的に書こうかとも思ってのですが、生涯を共にする相手との出会いなんて、実はほんとうにささいな出会いなのかな、ということで、このような形に収まりました。
自分の中では、入りと終わりが一直線に結ばれない感覚がしてしまい、どうして春なんだろう、とかどうして服の話をしているんだろう、など自問自答しています。
何か、改良店や意見などがございましたら、よろしくおねがいします。