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第一部 間章  我、そこに至らざれば願い叶わず

間章  我、そこに至らざれば願い叶わず

誰が我を救い上げるや・・・・・



 本当は私も彼のことが好きだったのだと思う。

 でも、あの娘が好きだと知ったから・・・・恋をしていると気付いたから・・・・私の淡い思いは淡い思いのまま薄れていった。後悔はしてない。

彼女には悪いけど、たまにする妄想とかで彼に抱き締められたり、キスしたり・・・・それだけで十分幸せだった。


私は彼女のことも、彼のことも大好きだった。


―――――――――――――――◆―――――――――――――――――――


もう何度目だろう?いったいどうして私はこんな目に・・・・・・

大きく、けどできるだけ早く、私は呼吸をする。後ろ髪を引かれる痛みの後の束の間の平穏。

本能のまま空気を喘ぎ、貪る。

あっ、と気付いた時には遅かった。

頭を押し付けられ、水が肌を打つ。次の瞬間には喉に水がなだれ込み、咳きこみ。

喉が痛い。胸が熱い。息が苦しい。なのに、思考はひどく冷静だった。

最初は泣き叫んでいた気がする。助けを願い、憐れみを請うた。でも、それは逆効果で、この人は口元を歪め、より悦楽に浸っていった。

いつからだろう?私はただ無感情に痛みや苦しみに耐えるようになっていた。この人が行為をつまらないと感じたなら、この責め苦から解放される・・・そう信じていた。

けど、体は正直で苦しい時は苦しがるし、死ぬことを恐れて抵抗してしまう。その度に笑い声が聞こえてくる。


どうして?

どうして、こんなことになっているんだろ?


 最後の一息が溢れて、水が肺を満たす。

 今こうして冷静に考えているのが自分なんだろうか?それとも、今こうして必死に足掻き、生きようとしている方が自分なんだろうか?

 また、髪を引かれて頭を持ち上げられた。私はまた空気を求め、喘ぐ。

 左腕に焼けるような痛みが走った。

「イ゛ヤァァァァァァァッ」

 左の二の腕に赤く輝く烙印が押しつけられていた。やがて、熱が肌から離れた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

「背徳の印・・・何も仰らない貴女が悪いのですよ。しかし、もったいない。苦痛と快楽は紙一重と言いますが、なんと妖艶な・・・」

 耳元で男の囁く声が聞こえ、不意に暖かな何かが耳を撫でた。

「ひっ!」

 舌だった。男が私の耳を舐めている。手が脇から胸へと這い、掴んだ。

「くっくっ・・・・・。お前達、ここはいい。外で警備をしておけ」

「はっ」

 足音が部屋から出ていく間、手は私の胸を弄り、下は私の耳を、頬を、うなじを舐めまわした。舌が肌に触れるたびに悪寒が走った。

死の恐怖も、諦めもいまや嫌悪感に変わっていた。

「さて、強情なお嬢さんだ。このまま混沌の始原に送って差し上げても良かったのですが、これほどの身体、誰も味合わないのはお創りになられた女神に失礼というもの」

「やめ・・・て・・・」

 まだ呼吸は浅く早く、体が動かなかった。

男の手が私のさらに奥へと伸びていく。

淡い想いすら伝えることができず、与えられた生を謳歌できるのも今日が最後。もう、自分を悲しむことも・・・・

・・・・・なんだっていい。せめて、苦しい時にではなくて、気持ちの良いままで終わりたい・・・・・

声が聞こえた。

「そこまでにしていただけますか、大司教様」

 場違いな声だった。どこか地につかないふわふわしたかわいい声・・・・

 私の体を触る男の手が止まった。

「・・・エ、エクシア―――」

「お久ぶりです、ホルムス大司教。光栄ですわ、私などの名前を覚えていてくださったのですね」

「ど、どうして貴様が――」

 絞り出すようなかすれた声は恐怖に染まっていた。

「それは貴方様が一番ご存じのはず」

「外の警備は・・・・?」

「お三方には少し眠っていただきました」

 手が震えてる。

 わかった。――――――彼女は希望だ。私が救われる最後の希望。

 ゆっくりと足音は近づいてくる。その姿は司教の身体に遮られて見えない。

「誰か!早く来い!」

 喚きながら後ずさり、その弾みで手が私を再び水の中へと押し込んだ。

 水が喉に入り込んできた。遠くで男の声が聞こえる。少しして鎧が立てる音も。

 抑える手がなくなった。

「ゲホ、ゲオ・・・ゲホ・・・・はぁはぁ・・・・」

 顔をあげると水桶を挟んだ反対側の壁にへばりつくあの男をみとめてすぐに背後を振り返った。

 その瞬間、大きな何かが視界を過ぎ去った。少し遅れて大きな音が響く。

「うそ・・・」

鉄の鎧に身を包んだ男が吹き飛んでいた。男が飛んできた方向にはプラチナブロンドの髪の女の人が右の掌をふんわりと突き出して立っている。

「私がこの程度の方々で止められるとはよもやお思いではないでしょう。御同行をお願いします、ホルムス・リッテナー」

「き、貴様っ!」

 大司教は胸のあたりから短剣を取り出し、私に向かって突っ込んだ。

「え?」

 手をひかれ、気がつくと背中から羽交い絞めにされて首元に刃を突きつけられていた。

「最低、ですわね」

「うるさい。人形風情が人の言葉を語るな!」

 苦笑を浮かべていた。すごく寂しそうな。

「人形・・・・確かにその通りです。――ですが、この場を切り抜けたとしてどうするおつもりです?私の口を封じたとしても何の意味もない。ほんのわずかの時間が稼げるぐらいでしょうに」

「お前達にはわからないだろう。私のような田舎の一神父が大司教までいかにして上りつめたか、その労苦、時間。善人として、救済者として最底辺の生活を送り、平民どもに尽くし使われ、それもこれも今のこの地位を得るため。今ここでそれを失えばすべて終わりなのだ」

「それは嘘です。初めから権力のために女神に仕える道を選んだ訳ではないでしょう。貴方とて人々の救済という理想を抱いて神父になった。その気持ちを思い出してください、ホルムス大司教」

「く、何を解ったような口を。お前達のように偶然に上から地位と力を与えられた者には私の気持ちなど解るはずもない。解って欲しくもない!」

 刃の冷たい感触が肌に軽く刺さった。

「もうこれ以上罪を重ねないでください。これ以上は皆が不幸になるだけですわ」

乾いた笑いが部屋に響いた。

「は、はは・・・・はははは――――。よく言う。もう後戻りはきかないだろう。貴様がここにいることが何よりの証拠。この私に未来など・・・・せめてこの場、この一瞬の快楽だけでも手に入れる。それ以外の選択ができるほど私は聖人君主ではない。・・・・そう、これしか」

 ナイフが胸元を裂き、胸が露になる。私は思わず目をつぶった。

「手遅れではありません。まだ間に合います」

「そう言って甘い言葉の先は断頭台か?それとも火刑か?いや、さらし刑というのもあるな。どのみち地獄の責め苦にあう」

「そんなことはありません。誰もあなたを見捨てはしません」

「くくく・・・ははははっはははははははははは、はっははは・・・・・・道化もそこまで行くと見事だな。さてさて見捨てないというは貴様らのように薬漬けにして隷属させることを言うのかな」

「隷属しているわけではありません。私達は自らの意思でこの役割を負っています」

「それすら薬で思いこまされたことではないのか?私はそんな風になるのはごめんだ。ああ、死んでも願い下げだ」

 そこで沈黙が訪れた。女の人は瞬きもしないで真っ直ぐ私の方を見ていた。いや、きっと大司教の目を見ていたのだろう。

「どうあっても投降していただけませんか」

「くどい」

「わかりました。ではそれなりの痛みはお覚悟を。この状況では手を抜き切るわけにはいきませんので」

「くっ、勝手なことを」

女の人が駈け出した瞬間、刃が肌を刺す感覚に死と痛みを覚悟した時、私は目を閉じた。

その後は何が起こったのか正直わからなかった。

 鈍い音がして目をあけると、私は男の手から解放されていた。彼は私の背後で口から泡を吹いて仰向けに倒れていた。

 呆然として何にも考えられなかった。あまりに突然で助かったという実感がわかず、「助かったの?」という言葉だけが頭の中で繰り返す。

「大丈夫ですか?」

「えっ・・・・・あっ・・・・」

 頬を撫でると濡れていて、初めて自分が泣いているのだと気付いた。同時にずっとため込んでいた涙と嗚咽が溢れだした。

「来るのが遅くなってごめんなさい。もう少し早く来ていれば・・・・」

 冷たい手が私の烙印を押された腕に触れた。

「痛っ」

「少し痛いでしょうけど我慢してください」

 そう言って服の中から緑の葉っぱを取り出してくしゃくしゃと握った。しばらくしてすりつぶした葉っぱを烙印に押し付けた。

「っ」

 すごく沁みた。でも、なんだか悪いものが浄化されるようなそんな痛みだった。

「これで火傷の痛みはひくはずです」

 優しい頬笑みだった。不思議と涙も嗚咽も引いた。

「だ・・れ・・・?」

「エクシアと言います。」

 彼女は優しい頬笑みを浮かべてそう言った。


第二部の連載を再開しました。よろしくお願いします。

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