俺を推してる転生従者が、死亡フラグとやらを全力回避させてくる
俺はエミール。子爵家の次男坊だ。
俺が5歳のとき、兄が突然死んでしまった。結果、俺は次期当主となった。まさか、庭に毒蛇が出るなんて。兄はついてなかった。
蛇に殺されるのは、この国では極めて不吉なこととされている。故に、蛇に噛まれた事は伏せられ、兄は肺炎で死んだことになった。
15歳の春。父が俺のために連れてきた新しい従者。名前はジャックという。婆やの孫で、俺と同い年らしい。
初対面。ジャックは開口一番こういった。
「エミール様。あなたはこのままだと、18歳で死にます! 学園の卒業式で!」
「え!?」
「大丈夫です。推しであるあなたを死なせはしません! 悪役令嬢の復讐イベントに巻き込まれて、悪役キャラとして拷問死する未来なんて!」
「拷問死!?」
「私がいればもう安心! 全てのフラグをへし折ってみせますよ! 爪を剥がされたり、顔を焼かれたりするなんて……エミール様はそんな風に死ぬ人じゃない! こんなキレイなお顔が焼けるなんて、私が許さない!」
「ひぇ」
もう弱々しい悲鳴しか出なかった。この従者が本当に正気ならば、俺はとんでもない死に方をするらしい。
「私は転生者なんです。乙女ゲーム『愛のカナリア2〜月影の夢〜』の世界で何が起こるか知り尽くしているのです。その記憶を持って、この世界に生まれてきたのです!」
狂っているとしか思えない発言だったが、ジャックの目は至って真剣そのものだ。正直に言おう。勢いに圧された。
「し、信じるよ……」
「ええ! おまかせを!」
そうして、15の夏。俺は貴族のための学園に入学した。ジャックを連れて。
ジャックは「フラグ」というものを折りたがった。だが、旗を折っているところは見たことがない。
俺にはよく分からないが、「フラグ」というものは重要らしい。
「良いですか、エミール様。あの女には決して! 決して近づいてはいけません!」
ジャックが指差したのは、魔法の才を認められて学園にやってきた平民の少女。
「それって、なんだか差別みたいじゃないか」
「エミール様……なんとお美しい心……。やはりあなたは本当はお優しい方だったのですね。ですが、アレに近づくと! 死にます!」
「お前がそう言うなら……」
ある時は、伯爵令嬢に恩を売るよう言ってきた。第一王子の婚約者の伯爵令嬢のことだ。
ジャックは俺にサンドイッチを渡し、伯爵令嬢と食べるように言った。
「ほら! 今日は伯爵令嬢のイベントが起こる日なんです! 彼女はお昼ご飯がないんです。このサンドイッチとお茶を持って。今すぐ! 行って!」
なぜ俺は従者に命令されているんだろう。必死過ぎて逆に怖い……ので、おとなしく従った。
楽しい昼食の後、ジャックがこっそり耳打ちしてきた。
「卒業後、伯爵令嬢が権力を持ちますからね。断罪イベント後に結局王子とよりを戻すんです。紆余曲折の末に」
「断罪? 彼女がなにを?」
「何もしてないんですけど、例の平民女が権力欲しさに彼女を貶めるのです」
また、ある時は、王子に付き従う騎士見習いの男の稽古に付き合うように言われた。
「あの男は伯爵令嬢とは親戚、更に王子のことを非常に慕っています。最終的に近衛隊長になり、あなたを……」
「あいつが拷問したのか? お前の知る世界では?」
とてもそうは見えない。どう見たって、剣の修行に励む好青年だ。
「まあそれはともかく。彼は死んだ双子の兄と、自分を比べ続けて苦しんでいるのです。」
「そうなんだ……?」
「エミール様。稽古に付き合ってあげて、友情を育んでください。そして、ここぞ! というタイミングでこういうのです」
ジャックは俺に小さな紙を手渡した。
「ええっと……お前はお前だ。俺はお前の兄上の事は知らないよ。それに、知っていたとしても俺達が友達なのは確かじゃないか……。何だこれ?」
「魔法の言葉です」
「魔法の言葉……」
そうして友情を育み、魔法の言葉を言った。俺と騎士は唯一無二の友となった。
彼の兄の話を聞いていると、自分の兄のことが思い出された。俺の兄は意地の悪い男だった。3つ年下の俺をいじめては泣かせていた。もし兄が生きていたら、俺の人生はまるきり違っただろう。
そうして3年が過ぎた。卒業式。
何事もなかった。いや、まあ俺には関係ない揉め事はあった。
なんでも、俺の知らないところで、伯爵令嬢と王子は婚約解消していたらしい。だが、それは全て例の平民の少女が仕組んだ事だったという。
伯爵令嬢に嫌がらせをし、王子を洗脳した罪に問われていた。……卒業式で揉めるな。
ともかく、俺は無事に卒業した。
部屋に戻ると、ジャックが感極まって泣いていた。
「ああ、良かった。卒業式が終わった! 推しが生きてる! 生まれた時から、この結末のために身を粉にして……! 涙が止まりません……!」
「はは、泣くなよ。お前の知る世界では、俺はどうなっていたんだ?」
俺の質問に、ジャックは懐かしそうに目を細めた。
「エミール様は、あの泥棒猫と結託して伯爵令嬢に嫌がらせを繰り返し……」
「ん?」
「遂には伯爵令嬢の部屋に火を放って殺そうとして……」
「おっと?」
「更に、王子を洗脳しようとするんです。その罪を問われ、拷問死してしまわれるのです……」
「それは……かなり俺が悪いんじゃないかな!?」
「はっはっは! もう無くなった世界の話です!」
ジャックは高らかに笑った。
「信じられない……俺がなんでそんなことを……?」
「ああ。エミール様は、お兄様に虐められて性格が歪むんですよ」
ジャックの言葉に首を傾げる。妙だ。
「兄は俺が5歳のときに死んだぞ。お前もあの時、屋敷に居たじゃないか。ほんの数カ月くらいだったが、婆やのところに預けられていたよな。兄の葬式にだって出てただろう」
ジャックは頷いた。
「そうでしたね。庭で蛇に……」
俺は目を見開いた。ジャックは「あっ」と声を上げ、気まずそうに目をそらした。
「なぜ兄の死因をお前が知ってるんだ……? それは秘密だったはず……」
「……そ、それは」
察した。すべてを。
ふと、俺は兄の顔を思い出した。そして、ジャックに感謝した。してしまった。
「……ああ、いや。もういい。俺はこれ以上お前を追及しない」
「エミール様……」
ジャックは安心した様子で、ホッとため息をついた。
「そもそも、なぜ俺を好きになったんだ? お前の知ってる俺は、とことん嫌な奴なんだろ?」
俺の問に、ジャックは真っ直ぐこちらを見据え、極めて真剣に一言。
「ビジュですね」
「……びじゅ……?」
びじゅ、が何を指す言葉なのか、俺には分からなかった。
だが、その「びじゅ」とやらのおかげで命拾いしたことだけは、よくよく理解したのだった。
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