2回目の10月21日
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……
頭上から響く電子音に、陽介ははっとする。真っ暗で一瞬驚いたが、布団にもぐっているのだと気づき、飛ぶように体を起こす。はち切れそうなほど脈打つ鼓動の音を聞きながら、陽介は自分の両手を見つめる。
(生き、てる……)
陽介は落ち着かない気持ちのまま、鳴り続けるスマートフォンに手を伸ばす。停止ボタンをタップして表示された日付に、陽介は思わず目を見張る。
(十月二十一日……?)
陽介は十月二十一日を、夕方まで過ごした記憶がある。表示がずれているのかと思いSNSを見るが、どの日付も十月二十一日が一番新しい。内容も、陽介がすでに過ごした十月二十一日と同じだ。
(時間が戻ってる……? それとも夢だったのか? 夢だよな。時間が戻るわけないもんな)
夢にしてはリアルすぎると思うが、リアルな夢を見ることくらいある。夢という結論に落ち着き、陽介はほっと息をつく。
(なんだ夢かぁ。びっくりしたー)
陽介はベッドから降り、オレンジ色のカーテンを開ける。その朝日の眩しさに、陽介は目を細める。
陽介はスマートフォンの充電コードを抜き、枕元の棚に雑に放る。スマートフォンを机に置き、スウェットの襟元でパタパタと扇ぎながら部屋を出る。夢のせいで変な汗をかき、スウェットがぴったりと肌にくっついていた。
階段を下りて一階に来ると、ミートボールのいい匂いが鼻をくすぐる。どこか既視感を覚えながら、陽介はトイレの扉を開ける。用を足し、洗面所で顔を洗い、鏡を見ながら髪を梳く。
(あ、後ろに寝ぐせあるんだっけ)
そう思い、陽介は後頭部に手を置く。夢と同じように、たしかにそこに跳ねた髪の感触がある。陽介は寝ぐせ直しをつけ、ドライヤーで髪の流れを整える。
「おはよー」
陽介は台所に入り、弁当箱にミートボールを詰める母に声をかける。母は陽介に目を向けず、陽介と同じトーンで「おはよう」と返す。カウンター越しに見えるリビングには、誰もいない。
トーストと目玉焼き、牛乳を用意して、陽介はリビングで朝食を取りはじめる。
『十月二十一日水曜日、全国のニュースです』
テレビから聞こえたその音に、陽介の肩がびくりと震える。恐る恐るテレビを見ると、内容は夢と同じく台風情報だ。どうやら今週末に、関東に上陸するかもしれないらしい。
(……いや、同じすぎねぇ?)
さすがに違和感を覚え、陽介は食事の手を止める。いくらリアルな夢があるとはいえ、ここまで全てが同じであるはずがない。十月二十一日をもう一度くり返しているとしか思えず、陽介は渋い顔で牛乳を飲む。
(いやでも、ニュースの出だしはいつも一緒か……。ミートボール弁当もよくあるし、髪の毛がハネてることだってある……よな?)
やっぱり夢だろう。そう自分に言い聞かせ、陽介は朝食を完食する。
部屋に戻り制服を着て、スマートフォンをズボンのポケットに入れる。黒色の大きなリュックサックを背負い、一階に下りて母から弁当を受け取る。これを雑にかばんに入れ、くたびれたスニーカーに足を入れる。
ここまでは毎日のルーティンだ。夢と同じでもおかしくない。そう自分に言い聞かせ、陽介は玄関の扉に手をかける。
「行ってきまーす!」
まだ台所にいる母に向かって言うと、わずかに「いってらっしゃ~い」と聞こえてくる。陽介は唾をごくりと飲み込み、覚悟を決めて扉を開けた。
家から学校までの二十分間が、夢と同じかはわからない。はっきり言って、全く記憶にない。
(登校なんてだいたいいつも一緒だし、授業の内容も全然覚えてねーし……。同じだったとしても気づかないんじゃね? はっきり覚えてる時間っていつだ? 部活?)
陽介は無意識に険しい表情を浮かべ、校舎に入っていく。教室につくと仲のいい生徒に声をかけられるが、髪のハネを指摘されることはない。
チャイムが鳴り、陽介は落ち着かない気持ちで席に戻る。担任が怠そうに教室に入り、中身を全く覚えていないホームルームが始まる。
「中間テストの結果が返ってきたばっかりだけど、もう期末の準備しとけよー」
(……そんなこと言ってたっけ)
陽介は担任の言葉に首をかしげる。どれだけ考えても夢の声を思い出せないということは、全く聞いていなかったということだ。陽介は苦笑しながら、一限目の準備を始める。時間割は、夢の中と全く同じだ。
四限目まで終わり、ミートボール弁当をひじきまで全て完食し、持久走を走って六限と終礼を終える。覚えていないところもあるが、やはり夢と同じように進んでいる。少なくとも、六限目の強烈な眠気は同じだった。
(本当にくり返してんのかな……)
部室までの廊下を、陽介はとぼとぼと歩く。いつも楽しみにしている部活が、なんだか少し怖い。
「ざーっす」
「おはようございます」を崩したあいさつで、陽介は家庭科室の扉をガラガラと開ける。すでに来ている手芸部のメンバーは、同じく緩いテンションであいさつを返す。
陽介は涼の隣に無言で座る。陽介がはぁとため息をつくと、涼はぬいぐるみを縫う手を止めて陽介を見た。
「どうした? 元気ないな」
「いや、まぁ……。ちょっといろいろあって」
陽介は重いリュックを足元に置き、中から布と裁縫道具を取り出す。夢の中と同じで、刺繍をするのは伊達政宗をもとにしたキャラクターだ。
「そういえば」
涼がそう口にして、陽介は思わず身構える。
(夢ではなに話してたんだっけ……。あ、進路だ。『進路とか考えてる?』って聞かれたんだ)
授業はまったく覚えていないのに、涼の言葉はなぜか鮮明に思い出せる。自分はなんと返したっけと考えていると、涼が続きの言葉を紡ぐ。
「中間の結果どうだった?」
「え?」
陽介は思わず聞き返す。その返しがあまりに不自然だったのか、涼は不思議そうにパチパチと瞬く。
「え、そんな驚く?」
「あー、いや、別に……。中間な。いつもどおり、だいたい平均点だった」
「そっか。俺、現文が赤点すれすれでさ。すげー危なかった。期末のとき、勉強教えてくれないか? あ、文系と理系じゃ内容違うか」
涼は陽介の態度に言及しなかった。陽介は内心ほっとして、刺繍をする手を動かす。
(やっぱり夢だったんじゃね?)
ずっと疑いの中にいたが、陽介はそう確信する。もしもアニメや漫画のようにループしているのなら、涼の発言も同じはずだ。発言以外の、鹿のぬいぐるみの進捗は夢と同じだが。
雑談をしながら手を動かしているうちに、部活の時間が終わる。結局、涼の発言に夢と同じものは一つもなかった。陽介と涼は荷物をまとめ、共に部室を後にする。
校門を出て、二人は並んで歩道を歩く。夕日が作る長い影は、やはり陽介の方が低い。夢の中くらい背が高くてもよかったのにと陽介は思う。
分かれ道に差しかかり、陽介と涼は足を止める。涼は片手を振り、爽やかな笑顔を陽介に向ける。
「じゃ、また明日な!」
その言葉を聞いた途端、陽介の心に黒い靄がかかる。夢の車の音を思い出し、陽介の足がわずかに震える。
「今日はオレもそっちから帰ろうかな!」
陽介は無理に笑顔を作り、歩き始めた涼の隣に並ぶ。涼は理由を聞くことなく「そうか」とだけ言って、立ち止まる前の話の続きを喋りはじめる。陽介はバクバクと鳴る心臓の音を聞きながら、不安を隠すように拳を握りしめる。ちらりと後ろを振り返るが、爆速の自動車が交差点に突っ込む様子はない。
何事もないまま、涼の家の前で陽介は別れる。陽介は一人歩きながら、ほっと息をつき自宅方向に足を向ける。
(あ、買い物するんだっけ)
足を止めてスマートフォンを開くと、母から買い物の依頼が来ている。サルの「OK」スタンプを返し、陽介はスーパーへと方向を変える。
そのとき、強い風が陽介の顔を叩く。陽介は思わず目を閉じ、風を押し返せず足を止める。
ミシッミシッと、近くの街路樹から鳴ってはならない音が聞こえる。もしかしてと陽介が目を開けたとき――
陽介の目の前に、紅葉前の桜の木が倒れてくる。危ないと思ったときには、すでに手遅れだった。
頭に大きな衝撃が走る。同時に、陽介の視界は暗転した。




