200回目の10月21日
百回目から二百回目まではあっという間だった。がむしゃらにじゆうちょうを見返し、まだしていない行動を取る。どんな小さなことでも、思いつく限り試した。
(でも、寝るときに一人になっちゃうんだよなー……)
一番の課題はそこだった。陽介の家族は、日付が変わる前にそれぞれの部屋の布団に入る。まさかこの年で「お母さんと寝たい」とは言えず、陽介は途方に暮れていた。
家庭科室の机に突っ伏していた陽介は、首を起こして涼を見る。先ほどまで中学校の文化祭の話をしていた涼は、眠たそうな陽介を気遣って黙ってしまった。
「……なあ、涼」
「ん?」
唐突に話しかけたにもかかわらず、涼はなんでもないように返事をする。陽介は少し迷いながら、ゆっくりと口を開く。
「今日、涼ん家に泊めてくんねぇ?」
それが、陽介が思いついている、一人にならない唯一の方法だった。実は、ずっと前から思いついてはいたのだ。けれど、なかなか実行する気になれなかった。
(涼が巻き込まれて、一緒にくり返すことになるかもしれない)
その恐怖は、まだ陽介の中にある。それでも、他に当てがない。
涼は鹿を表に返す手を止め、ニカッと陽介に笑いかける。
「いいよ。お母さんに連絡しとくな」
涼は理由も聞かず、ポケットからスマートフォンを取り出す。迷いのない指は、母親にメッセージを送っているのだろう。
陽介は少し不安を抱えながら、「ありがと」とつぶやいた。
久しぶりに訪れた涼の家は、記憶の中と何も変わっていなかった。玄関には涼が作ったぬいぐるみと家族写真、リビングには涼と涼の弟の賞状が飾られている。
陽介は涼の母にあいさつし、涼と共に二階に向かう。涼は北側の突き当たり、犬のぬいぐるみがぶら下がる扉を開ける。
青を基調とした内装は、やはり陽介の記憶と同じだ。床に物が一切落ちていないことまで一致している。
涼は部屋の一番奥に鎮座する、ベッドの隣に鞄を置く。
「陽介がうちに来るの、結構久しぶりだよな」
「あー、たしかに。夏休み以来か?」
「全然久しぶりじゃなかったわ」
「久しぶりだろ」
陽介はいつもどおり、扉の横に荷物を下ろす。必要になるかわからないが、一応明日の着替えも持ってきている。
ふと目に入った勉強机には、陽介が刺繍をしたアニメキャラクターのぬいぐるみが、縫いかけの服と共に置いてある。くり返す前の涼が「明日持ってく」と言っていたぬいぐるみだろう。
(人気ないからグッズが出ないってぼやいたら、作ってくれたんだよな)
陽介の口元がふっとほころぶ。犬歯をのぞかせるツインテールのキャラクターは、デフォルメされてもかわいい。
折りたたみ式のローテーブルを部屋の中央に置き、二人は各々の宿題を進める。文系の陽介と理系の涼では教え合うことはほとんどないが、一人より進みがいいのだから不思議なものだ。
涼の母に呼ばれ、陽介はリビングで涼の家族と食事をとる。サバの味噌煮は、陽介が小学生のときに好んで食べたものだ。一緒に食事をするのは久しぶりなのに、よく覚えているものだと陽介は思う。
食事を終え、再び涼と共に二階に上がる。ちょうど宿題を終えたころ、コンコンとノックの音が響く。
「お風呂沸いたけど、陽ちゃん入る?」
涼の母の、穏やかな声が聞こえる。陽介は「はい」と答えようとしたが、声を出す直前にはたと気づく。
(風呂って、一人じゃね?)
行ってはいけない予感がする。しかし体を洗わず寝るのは衛生的ではない。かといって、涼と二人で入るわけにもいかない。
「あとでいいです!」
咄嗟にそう答えたが、これが正解なのかはわからない。涼の母からは訝しむ様子のない、「はーい」という返事が返ってきた。
「一番風呂好きじゃなかったっけ?」
涼が首をかしげ、陽介は「しまった」と思う。涼の言うとおり、陽介は一番風呂が大好きだ。
「いやー……今日は気分じゃないっていうか……」
陽介は涼から視線を逸らす。まともな言い訳が思いつかない。しかし、ありのまま伝えても信じてもらえないだろう。
(……いや、言ってもいいか。明日が来なかったら、どうせ涼は忘れるんだし)
陽介は吹っ切れながらも、少し不安を抱えて正座をする。
「実は……」
陽介は包み隠さず、全てを話した。もう二百回目の十月二十一日であること、一人になると死ぬこと、未来の声と思われる夢を見ること、目が覚めると、また十月二十一日の朝に戻っていること。
涼は口を挟まず、最後まで聞いてくれた。陽介が話し終わると沈黙が訪れ、陽介は膝に乗せた拳を握る。
「それは……大変だなぁ」
涼が発したのは、あまりに能天気な声だった。陽介は拍子抜けして、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「え……信じんの? こんな突拍子もない話」
なぜか陽介の方がうろたえてしまうが、涼は当然のように「うん」とうなずく。
「なんか悩んでそうだとは思ってたし。相談してこないってことは、よっぽど変なことなんだと思ってたよ」
陽介は頭を抱える。ここまでくると、優しいとか、察しがいいとも違う気がしてくる。
(くり返しの中の涼は、なんでも受け入れる設定なのかもな……。実際の涼はさすがにここまでじゃ……いや、ここまでかもしれない)
涼が悪い人に騙されないか心配だが、今はありがたいと陽介は思う。陽介の反応をよそに、涼は机から縫いかけのぬいぐるみと裁縫セットを取る。
「じゃ、日付が変わるまで部屋にいるか。それって、トイレも一人じゃ危ないってことだよな?」
「そう。連れションするしかない」
「それか耐久だな」
「膀胱炎なるぞ。明日が来たらだけど」
それから二人は、意味のない雑談を続けた。陽介も鞄から裁縫セットを取り出し、久しぶりに伊達政宗を刺繍した。
勉強机に置かれた時計が、カチカチと音を立てる。その針が零時に迫るにつれ、陽介の鼓動が速くなっていく。外の風の音まで大きく感じるが、それは単に強風のせいだった。
明日まで、残り一分になる。涼が何か喋っているが、陽介は時計が気になりすぎて話が聞こえていない。
(もう少し、あと三十秒……)
陽介は祈る気持ちで時計を見つめる。残り十秒になり、陽介の心に希望が湧き起こる。
(もしかして本当に、ループを抜け……)
そのときだった。ごおっと強い風の音と共に、部屋の中が真っ暗になる。街灯の光も入らず、涼の姿が完全に見えなくなる。
(あ、ヤバい――)
その予感を肯定するように、窓からバリンと大きな音が鳴る。陽介が目を凝らすより早く、ガンッと額に衝撃が走る。それが風に飛ばされた屋根瓦だと気づいた瞬間、陽介の意識は暗転した。




