100回目の10月21日
(……百回目)
じゆうちょうを埋め尽くす文字に、陽介は大きなため息をつく。くり返す十月二十一日も、三桁の大台に達してしまった。
生き残る方法は見つかっていない。車を回避し、桜を回避し、なんとか家までたどり着いても、部屋で一人になった途端に火事に見舞われる。
(寝ることもできねーじゃん……。どうすんだよ、これ)
ここまでくると、もう不安はどこかに消え去っている。それよりも疲れが勝ち、寝ぐせを直す気力もない。
それでも学校には行こうと、陽介はじゆうちょうを閉じて部屋を出る。今のところ、一番の変化は涼の発言なのだ。
「そういえば、中学の修学旅行で何が一番楽しかった?」
部活の時間、涼はいつもどおり、いつもと違う話題を口にする。陽介は裁縫道具を取り出しながら、思わず「ぶっ」と吹き出す。
「“そういえば”で出てくる話題じゃねーだろ! 中学の修学旅行って!」
「鹿見てたら思い出してさ。でもたしかに、“そういえば”って言うには過去すぎるな」
「二年前だぞ」
笑いながら、陽介は自分のハンカチに刺繍の下書きをする。伊達政宗はもう飽きた。
「一番楽しかったのかぁ……。京都の旅館のメシかな」
「ははっ! 修学旅行なのにメシって」
「今、バカにしただろ」
「してないしてない! 陽介らしいなーって思っただけだよ! でも、たしかにうまかったよな。夕飯の天ぷら」
「そういう涼はどうなんだよ」
「うーん……奈良公園の鹿」
「修学旅行なのに動物」
「いやいや、天然記念物だから! ちゃんと修学してるって!」
真面目に弁解する涼が面白く、陽介はケラケラと笑う。本気で修学しに来ていない修学旅行生くらい、いくらでもいるだろうに。
陽介はサルの絵を描きながら、いずれ鹿になるパーツたちを眺める。
「涼、動物好きだよな」
「うん。犬飼ってたし」
「ちゃちゃ丸なー。可愛かったよな~」
涼が中学三年生のときまで飼っていた犬を、陽介もよく覚えている。人懐っこいトイプードルのちゃちゃ丸は、陽介が涼の家に行くと、いつも尻尾を振って出迎えてくれた。
陽介が涼のハンカチに刺繍した犬も、ちゃちゃ丸のつもりで縫っている。ちゃちゃ丸が天に旅立った日は、陽介も一緒にわんわん泣いたものだ。
涼がそのハンカチをポケットから取り出し、懐かしそうに目を細める。
「可愛かったよなぁ……。動物が好きなのは、たしかにちゃちゃ丸の影響だけど……たぶん、俺がつらかったときに支えてくれたのが、陽介とちゃちゃ丸だったからだと思うんだ」
(涼がつらかったとき……ああ、小五のときか)
涼は小学五年生のとき、クラスメイトからいじめられていた。今では考えられないが、あのころの涼は体が小さく、運動神経も並み以下で、体育の授業はいつも足手まといになっていた。言い返せない性格も災いし、いじめっ子の標的にされてしまったのである。
といっても、クラスが違った陽介は、その詳細をよく知らない。ただ、涼が不登校になっても、陽介は何も気にせず、涼の家に遊びに行っていたことは覚えている。
(支えたって言っても、毎日一緒にゲームしてた記憶しかないんだよなー。それが気晴らしになったならいいけど……ん?)
「その言い方だと、オレも動物枠にならねぇ?」
そう言われて涼は一瞬固まったが、意味を理解したのか、顔を真っ赤にしてぶんぶんと両手を振る。
「違う違う! そういうことじゃなくて、えーっと……なんて言ったらいいんだ?」
「はいはい。どうせオレは木登りが得意なサルですよー」
「違うって! ほら! ヒトも動物だし!」
「たしかに。でもお前、ヒト好きじゃないじゃん」
「そんなことないって! 人による!」
「人によるんかい!」
それから二人は、しばらく修学旅行の話に花を咲かせた。「涼が鹿に囲まれた」「陽介が木刀を買って先生に怒られた」。思い出すのはくだらないことばかりだ。
どれも日常の延長にありそうなことばかりで、当時の先生たちが聞いたらがっかりするだろう。けれど陽介には、そんな何気ない時間の方が大切に思えた。




