15回目の10月21日
「そういえば、体育祭で部活対抗リレーあったじゃん」
いつもどおりの家庭科室で、涼が鹿のぬいぐるみになるパーツを表に返している。陽介は完成しない伊達政宗を刺繍しながら「うん」と相槌を打つ。
「あれ、去年より文化部増えてたよな」
「なー。華道部とか走ると思わなかった。あれ、最初は演劇部だけだったんだろ?」
「そう。一昨年、演劇部がコスプレして運動部と一緒に走ったのが最初らしいよ。で、去年から運動部と文化部に分かれて、文化部がネタ枠になった」
「軽音部がギター弾いたり、美術部が筆をバトンにしたりなー」
つい先月のことなのに、陽介たちは懐かしくなり、二人で笑い出す。今の陽介にとって、部活は一番落ち着いていられる大事な時間だ。
十月二十一日を二週間くり返して、陽介にはわかったことがいくつかある。一つ目は、死因は場所で決まるということ。時間をずらしても、最初に事故に遭った交差点に行けば車が突っ込んでくる。
二つ目は、死ぬときはいつも一人だということ。同じ交差点でも、誰かといると事故に遭わない。が、離れた途端に事故が起きる。
三つ目は、あの暗い夢の中は日にちが進んでいるということ。これは昨日の夢で発見した。十月二十一日時点では完成していないぬいぐるみを、涼が「完成した」と言っていた。
四つ目は、じゆうちょうに書いた字は消えないということ。毎朝、前回のくり返しを記帳し、じゆうちょうは着実に埋まりつつある。使い切ったときにどうなるかは、まだわからない。一度スマートフォンにもメモしてみたが、それは消えてしまった。
最後に、部活の時間、涼は毎回違う話題を振ってくるということ。
「来年は俺たちも走る? ぬいぐるみ持って」
涼の何気ない言葉に、陽介は手を止める。
(……来年って、来るのかな)
涼に悪気がないことはわかっている。しかし今の陽介に、未来を想像することは難しい。
(本当はみんな来年を迎えてて、オレだけが取り残されてるんだとしたら……)
今日の夢を思い出し、陽介の心がずんと重くなる。しかし陽介は無理やり笑顔を作り、伊達政宗の兜に針を刺す。
「ぬいぐるみで合ってんのか?」
「針は危ないじゃん」
「危なすぎるな」
笑いながらも、陽介の心は冷えている。来年どころか、明日が来るのかすら怪しいというのに。
(オレ今、ちゃんと笑えてるかな)
くり返すにつれ、陽介の不安は増していく。このくり返しが永遠に終わらなかったらどうしよう。自分だけが取り残されたらどうしよう。明日が来ないまま、突然人生が終わったらどうしよう。挙げ始めたらきりがないほど、暗い闇が陽介の心を侵食している。
そのことが伝わってしまったのだろうか。涼が手を止め、陽介の横顔をまじまじと見てきた。
「どうした? 何かあった?」
(……なんで、わかっちゃうんだろうな)
陽介も手を止め、涼の視線から逃げるように下を向く。「なんでもない」とごまかしたところで、涼はそれが嘘だと見抜いてしまうだろう。
「……すごい、突飛なこと言うんだけどさ」
「うん」
陽介は無意識に、刺繍する小物入れの端をぎゅっと握る。その手は微かに、しかし針を持てないほどに震えている。
「もし……もし、さ、その……もう一回、今日をくり返したら、涼は、どうする?」
語尾に向かうにつれ、陽介の声がどんどん小さくなる。骨を伝う自分の声より、心臓の方がうるさいかもしれない。
陽介は涼を見られないまま、背中を伝う冷や汗を感じる。
「……くり返す、かぁ……」
少しして、涼は天気の話でもするように言う。陽介が顔を上げると、涼は肘をついて窓の向こうに目を向けていた。
「それって、明日も十月二十一日ってことだよな?」
「あ、うん。そう」
あまりに普段と変わらない様子に、陽介は少しほっとする。涼は「うーん」と、険しい顔で空を睨む。
「期末の範囲が全部今日の授業のとこだったら、満点取れるのにな」
「まあ、そう……いや、生物あんまり聞いてないわ」
「聞いとけよ! 生物なんて暗記したら点取れるんだから」
「六限眠くてさぁ……」
(なんで眠いんだっけ……。あ、十月二十日は夜更かししたんだ)
昨日のことのはずなのに、陽介の記憶からは遠く消え去りつつある。ちなみに六限目を寝て過ごしたこともあるが、夢も見ずに先生に起こされた。
涼が鹿の角になる布を手に取り、作業を再開する。その様子はいつもどおりで、陽介の発言を怪しんでいる様子はない。
「一回二回なら平気かもしれないけど……何度もくり返すのは怖いな。抜け出さないとって、焦ると思う。みんなもそうならまだいいけど、自分一人なら、もっと怖いよな」
静かな涼の言葉に、陽介の目頭が熱くなる。頭がおかしくなったと思われると覚悟していたのに、涼は理由も聞かず、ちゃんと考えて答えてくれた。
(やっぱり怖いんだ。怖くて、いいんだ)
陽介がずっと思いながらも、口にできなかった感情。涼が自分の心を代弁してくれたようで、陽介の心が熱くなる。
「え、ちょっ、どうした!? 大丈夫か!?」
涼の焦った声で、陽介は自分が泣いていることに気づく。部員たちも何事かと、次々と陽介に目を向ける。
「なんでもない」と言うには無理があるが、陽介は「大丈夫」以外の言葉が出てこない。涼は鹿の角を机に置き、ポケットからハンカチを取り出した。
「大丈夫じゃないだろ……。保健室行くか?」
陽介は涼からハンカチを受け取り、無言で小さくうなずく。涼はついてこようとしたが、陽介は「大丈夫だから」と一人で家庭科室を出た。
とぼとぼと廊下を歩きながら、陽介は涙を拭う。そのハンカチからは、何度も訪れた涼の家の匂いがする。
よく見るとハンカチには、陽介が小学生のときに施した刺繍がある。犬と思われるそれはガタガタで、今見るととても人に渡せるものではない。
(まだ使ってんのか……恥ずかし)
涼の物持ちの良さに感心と羞恥を覚えながら、陽介は保健室の扉をノックする。返事はなく、どうやら無人のようだ。
(勝手に寝ていいかな……)
陽介はガラガラと扉を開け、夕日が差し始める保健室に足を踏み入れる。上履きを脱いでベッドに寝ころぶと、少しだけ心が落ち着いてきた。
(怖くて、いいんだな)
陽介は無意識に閉じ込めていた感情を、認められた気がした。笑顔で、一人で頑張らなければいけない。そんな感覚に、気づいたら陥っていたのだ。
それは周りに心配をかけたくない気持ちと、ループしていることを知られたくない気持ちからだろう。けれどもしかしたら、周りの思う「辻 陽介」の印象を崩したくなかったのかもしれない。
泣いてもいい。そんな当たり前のことを、初めて知った気がした。
しばらくすると眠気に襲われ、陽介は無理やり体を起こす。そろそろ下校時間になる。部室に置いた荷物を取りにいかなければならない。
そのとき、パリンとガラスが割れる音が聞こえる。妙に近い音に驚き、振り向こうとしたとき――
ガンッと、側頭部に強い衝撃が走る。それが野球ボールだと気づくと同時に、陽介の意識は暗転した。




