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 池袋駅の地下にあるいけふくろうの像で僕と杉山は待ち合わせた。杉山は夏らしい白いTシャツにミニスカートと言う格好で、対する僕はハーフパンツに黒いTシャツと言う、中学時代から変化の少ない恰好だったので、引け目を感じたものだ。

 僕と杉山は地下を抜け、大勢の人々が行き交う地上に出た。空気は排ガスに澱み、コンクリートの照り返しで温められて居心地が良いものでは無かった。

「これからどうする?」

 杉山が僕にそう囁く。どうやら僕も杉山もこの暑さで池袋に来て何をするかの予定を忘れていたらしい。

「とりあえず、外は暑いから建物の中に入ろうよ」

「それなら、サンシャインに行きたい」

 杉山がそう答えると、僕達は歩いてサンシャインに向かい、建物に入った。

 サンシャインに併設された商業施設に入ると、僕達は様々な物を販売する商店達を見て回った。だがこれと言って欲しいものがある訳でもなく、僕達は店頭に入っては何も買わずに出るという事を三回ほど繰り返した。ショッピングが目的でここに来た訳ではないのだ。途中、兄が好きそうなストリート系のファッションを扱うテナントに入った。そこに陳列された商品は極端な色使いで作られた、硬質さと粗暴さを主張するような品々ばかりが並び、軟弱者を自認する僕には少し合わない気がした。

「芦川はこういう感じのファッションとか小物は好きじゃないの?」

 杉山は店舗の壁に掛けられた、化学的な発色で彩られた平つばのキャップを眺めながら呟く。店内には兄が好きな西海岸のアーティストたちが吼える、きわどい言葉遣いのヒップホップミュージックが響き、まだ精神的にお子様である僕を困惑させる。値札を見ると、原料価よりもデザイン料やロゴの版権料が高いのか高額な物が殆どだった。

「俺が身に付けたら、アイテムに人間が負ける気がするよ」

 降参の台詞を僕が呟くと、杉山はそんな未熟な部分に気付いたのか、商品を眺めるだけで僕に薦めるような事はしてこなかった。

 テナント巡りを一通り終えると、僕と杉山はサンシャイン水族館に行くかそれとも展望台に上がろうか迷ったが、夏休みと言う事もあり家族連れで混んでいたので、僕らは喧噪を離れる事にした。

「芦川、喉が乾かない?」

 冷房の効いた吹き抜けから噴水を見下ろしていると、杉山がそう言った。

「ああ、乾いた」

「だったら、入り口にあったスターバックスで何か飲もうよ」

 杉山は以前に川端康成の家で見せた微笑みをまた僕に見せた。僕は反論する余地もなく、杉山に従った。

 僕と杉山は来た道を戻り、広場に面した場所にあるスターバックスコーヒーに向かった。店は休日と言う事もあり混雑していたが、しばらく列に並んで待っていると、僕達の番になった。

「ご注文はお決まりですか?」

 レジに立つ店員は澄んだ声で言った。この人からは僕と杉山はどのような間柄に見えるだろうか。

「僕はアイスのティーラテをトールサイズで」

「私はアイスのソイラテをトールサイズでお願いします」

 僕の注文に杉山が続く。考えてみれば、同い年の女の子と一緒に飲み物を注文するのは初めての事だった。

 会計が終わり、僕は飲み物が渡されるカウンターの位置に移った。飲み物が提供されるまでの間、僕はなんだか腹の内側をくすぐられるような奇妙な感触を味わった。

 やがて飲み物が届き、僕と杉山はカウンターを離れた。店内の席はすべて埋まっていたので、外の階段状になっている場所の日陰を探した。公園近くの木々が見える所に日陰を見つけると、僕達はそこに二人並んで座った。

「芦川は高校を出たらどうするの?」

 杉山が楽しそうな声で不意に訊くので僕は驚いた。将来の事をこの場で話すなど想像だにしていなかったのだ。

「とりあえず、大学には行く。もう少し学生を続けたいし、賢くなりたい」

「私は成績次第かな。大学や専門学校に行けたら楽しいとは思うけれど。高卒で就職出来るならそれでもいい気がする」

 杉山は何処かつまらなそうに漏らした。彼女の意図にそぐわない回答であっただろうかと僕は少し不安になった。だが杉山は僕のそんな繊細な部分に気付く事なく周囲を見回した。僕もそれに合わせて視線を泳がせると、十代から二十代の楽しい時間を過ごすカップルが四組視界に入った。僕と杉山も第三者の視点から見れば、五組目の楽しい時間を過ごしているカップルに見えるだろうか。

「他の人から見れば、私達はどう見えるかな?」

 悪戯っぽい口調で杉山が囁く。

「どうだろう、同じような光景はこの街じゃ普通じゃないかな」

 平静を取り戻した僕に対して、杉山は心を弾ませたままだった。

「こうやって誰かと一緒になるのはあまり無い事だから、一緒の写真を撮ろうよ」

「いいけれど」

 僕は快く答えた。〝一緒に写真を撮ろう〟という言葉を女子の同級生から掛けられるのは初めてだったからだ。杉山は鞄からスマートフォンを取り出すとカメラを自撮りモードした。僕は言われる前に一緒にカメラに写りスマートフォンの画面に自分を収めた。僕と杉山が切り取られた小さな世界に収まると、杉山は僕達二人の写真に撮った。

「後でメールで送るね」

 杉山はそう答えた。そうして僕と杉山が一緒に居た事は目に見える思い出になったのだった。

 それ以降の僕と杉山は、二学期になっても関係が発展する事もなく、ただ仲の良い友人であり続けた。もしあの時に、積極的になっていれば僕と杉山は恋人同士になって、肉体関係の一つでも結んでいたかもしれない。そうなれば僕と杉山の運命の歯車が狂って、今とは違う人生、異なる良き日々を送っていたはずだ。しかしそれはある意味間違いだったのだろう。


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