17
それから僕は東京に戻り、秋を超えて冬を迎えて大学入試に臨んだ。結果は予想通り第一志望の大学に合格し、小川も第一志望の政治経済学部に、加藤も何とか志望の千葉にある短期大学に進学する事が出来た。僕達はとりあえず胸を撫で下ろして、それまでのプレッシャーと精神的束縛から解放された。僕達は三人の合格を祝おうと、三人で池袋のカラオケルームを借りて遊んだ。社会人になればこんなイベントは不定期に訪れるものなのだろうが、まだ飛ぶことを覚えたばかりの若鳥の僕達にはとても楽しかった。
親に怒られる前に帰宅すると、僕は自分が今までいた場所から別の場所に心が移動したような気分を味わった。これから何がやってくるかは分からなかったが、とにかく自分が前に進んでいる達成感と力強さを感じた。
この勢いを絶やすまいと僕は学習塾を辞めて、勉強に充てていた時間を使って自動車教習所を探し、群馬県にある合宿免許の教習所に行くことを決めた。進学する大学への入学手続きの際に僕はその大学の生協に入ったので、学生割引で教習費用を安くすることが出来た。
そうして一通りの準備が整って、僕は高校の卒業式を迎えた。空は澄み切った青空では無かったが、暖かい春の空気が色々な所から舞い込んできて、門出の僕や他の生徒を祝福しているようだった。
卒業式が終わり、僕達卒業生は予約されたホールで卒業パーティーとなった。アルコール飲料は無かったが、これからの事や今までの高校生活の話題で華を咲かせた。
僕と同じ席になった小川と加藤は、今後どうするかを互いに話し合った。僕と小川は都内の大学だったが、加藤は千葉だった。
「これから離れ離れだけれど、俺達の中は変わらないという事で」
小川が音頭を取ろうとすると、加藤がこう挟んだ。
「私は千葉だけれど住む家は東京だし、京成線で往復できる場所だから問題は無いよね。これからもいつもの私達でいようよ」
「それじゃあ、乾杯」
僕はそう音頭を取って、二人と共に瓶のコカ・コーラで乾杯をした。次に乾杯するときは、ビールかサワーに変わっているだろうから、これがノンアルコールで交わす最後の乾杯になるだろう。僕達三人はここからそれぞれのより良い日々に向かって進んでゆくのだ。
それから僕は群馬に行き、合宿免許の教習所に行ってマニュアルの普通免許を取り、品川の免許センターで学科試験を受けて免許を交付された。それから一週間で大学の入学式があり、僕は真新しい既製品のスーツに身を包んで入学式に臨んだ。外の気温は暖かく、慣れないスーツ姿は汗がにじんで気分が悪かったが構わなかった。
僕は新入生歓迎の声を上げる上級生を横目に、一年で履修する科目を選んだ。そして一通り科目を選んで自分の時間割りを作った。後は真面目に勉強するだけだと思うと、僕はようやく高校生から大学生に羽化したような気分を味わった。
そして迎えた大学生活初めての金曜日、僕は大学から電車に揺られて帰宅し、部屋に荷物を置いてパソコンを開いた。机に向かいネットの動画サイトでも見ようと思っていると、兄がノックもなしに部屋に入って来た。
「よう、居るかい?」
「在室中にその言葉は変だよ」
僕は突っ込んだが、兄は笑わなかった。そして僕の近くにやって来てこう言った。
「俺の車、保険を書き換えて置いたぞ、これでお前が運転して事故を起こしても保険が降りるようになった」
「ありがとう」
僕は力なく答え、兄に退室してほしいと思ったが、兄は構わずにこう続けた。
「そこでだ、お前の運転の練習も兼ねて、ちょっと二人して車で出ようや。場所はお前に任せる。ガソリンは満タンにしておいた」
「日程は?」
「明日か明後日。兄弟二人で水入らずと言うのもいいだろう?」
僕は考えた。確かに明日は暇で、何かしようと考えていたところだ。余計な交通費が掛からないなら、魅力的ではある。
「明日ならいいよ。交代しながら運転しよう」
僕が答えると、兄は上機嫌で僕の部屋を後にした。意気揚々としたその後ろ姿は、兄の中にある単純さを端的に示している気がした。




