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それからその週の土曜日、僕は電車に乗って奥多摩に行き、駅からバスに乗って東京を超えて山梨に入った丹波山村に向かった。三日前に杉山に送ったメールによれば、今週の土曜日なら大丈夫だとの返信を貰ったので、僕は午前六時半に家を出る事にした。父と母に受験期間中だから勉強しろと苦言を呈されたが、僕は推薦入試で入る大学が第一志望だから大丈夫だという、誤魔化しの言葉を並べて黙らせた。
僕は東京土産にと思って買った、有名洋菓子店の一番大きいクッキーの詰め合わせが入った紙袋を片手に、奥多摩駅に降り立った。奥多摩は積雪こそなかったが、冷たく重たい空気が僕の上に圧し掛かってきて、電車の暖房で温まった僕の体温を容赦なく奪っていった。
僕は丹波山村に向かうバスに乗り込み、フロントタイヤ近くの空いている席に座った。カーマニアの兄によれば、ここは慣性モーメントの関係で乗り物酔いになりにくいとの事だった。
バスが走り出し、奥多摩から山梨方面へと国道四一一号を進む。落葉樹の赤茶色のグラデーションと常緑樹の深い緑が作り出す天然のモザイクアートが、僕の目に飛び込んでくる。奥多摩湖を超えると、もう少しで杉山に会えるという気持ちが僕の胸を高鳴らせた。僕はもうすぐ着くというショートメールを送ったが、山間部で電波が悪いのか中々送信完了の文字が出なかった。彼女は過去の一件がきっかけで、LINEで連絡を取る事をしなかった。
やがて僕を乗せたバスは東京から山梨県に入り、丹波山村にある道の駅の駐車場で止まった。道の駅と併設された日帰り温泉はまだ開いておらず、地元の車が一台停まっているだけだった。
僕はバス停に降り立つと、奥多摩で感じた以上の寒さを肌で感じた。上半身はフリースとダウンジャケットを着こんだお陰でそれ程寒くは無かったが、ジーンズとスニーカーの下半身は冷えた空気と舗装された地面から伝わる冷気を防ぐには役不足だった。おまけに風が吹くと、ジープ帽で覆った部分以外の肌がピリピリと痛む。最悪だったのはネックウォーマーやマフラーなどの類を忘れたが故に、襟元が寒すぎる事だった。僕は東京の初冬くらいの陽気だと思っていたが、関東と甲信地方の間はほぼ真冬だった。
僕は寒さに震えながら、杉山の家に向かった。路面は凍結していなかったが、湿度が低く乾燥した空気が吹いているせいでとても冷たい感じがした。恐らくサーモグラフィーカメラで見れば、摂氏零度に近い温度を示すだろう。未舗装の土がむき出しの部分は、霜柱が降りているはずだ。
村役場前を超えて川に掛かる橋の所で、僕は防寒着に身を包んだ杉山を見つけた。
「ああ、芦川。もう村まで来ていたんだ。メール見たよ」
「ああ、久しぶり」
僕は寒さに震えながらなんとか言葉を絞り出す。どうやら先ほどのメールは送信完了したようだった。
「もっと早くメールを送ってくれたら、奥多摩駅まで車で迎えに行こうと思ったのに」
「迎えに?」
杉山から出た意外な言葉に僕は訊き返してしまった。
「自動車の免許を取ったのかい?すごいね」
「私も取ったけれど、運転するのは別の人。祐樹さんよ」
杉山がそう答えると、彼女の背後から一人の体格の良い一人の男が背後から迫って来た。黒い土木作業用の所謂ドカジャンに身を包み、程よく日に焼けた、二十代半ばらしきその男の人は、都会で生まれ育った僕とは全く異なる世界に住む人間に思えた。その男の人は駆け足で僕の側に寄ると、寒さなど慣れた様子で「やあ」と短く声を掛けてくれた。
「この人がそう。日高祐樹さんよ」
杉山がそう言うと、祐樹さんは笑顔でこう答えた。
「日高祐樹です。はじめまして」
祐樹さんはそう僕に挨拶をしてくれた。




