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一年生を終えた僕達は二年生に進学し、高校生活を一番謳歌出来る年齢になった。僕と杉山は同じクラスの二年一組に進学し、小川と加藤は二組になった。クラスが変わっても僕達四人は変わらぬ交友を続け、華美な脚色は無くても、平和で細やかな高校生活を送っていた。
そして制服が夏服に切り替わったある日、僕と杉山は学校の渡り廊下に居た。別にその場所で愛を育んでいた訳ではなく、単に体育館近くの視聴覚室に用事があって、その帰り道に過ぎなかった。
「ねえ、芦川。今度の休みは暇?」
不意に杉山が僕に声を掛けた。その声は弾むようで、杉山の表情には笑みが浮かんでいた。
「特に予定はないよ」
「今度さ、私の好きな画家の展覧会が新宿の美術館であるんだけれど、良かったら行かない?」
僕はハッとした。杉山と二人になるのは去年の夏休みに池袋で過ごした時以来だからだ。
「いいよ。俺は問題ないよ」
僕は得意気に答えた。新宿で同い年の女子と一緒に居るのは、自分が大人に成長したような錯覚を覚えさせた。
「それじゃ決まりだね。また連絡するから」
杉山はそう答えた。僕は胸の中に嬉しさと達成感の入り混じった感情を噛み締めて、彼女と共に教室に戻った。
そして何日か経ち、土曜日の休みになった。幸いにも僕が始めたばかりのスーパーマーケットの夜のアルバイトは土曜日が休みだったので、彼女と待ち合わせることが出来た。
僕は迷彩カーゴパンツに白地にプリント模様が入ったTシャツ姿で、新宿小田急百貨店前の宝くじ売り場近くに佇み、スマートフォンでくだらない動画を見て待ち合わせまでの時間を潰していた。本当ならドトールコーヒーのようなチェーン店の喫茶に入り、コーヒーを飲みながら文庫本を読むという組み合わせでも良かったのだが、僕は新宿駅周辺のチェーン喫茶店の位置を把握していなかったので、それはやらなかった。
スマートフォンのバッテリーと時間を消費した僕は、腕時計の時間を見て今の時刻を確認した。午前十時二十八分。あと二分で約束の時間になる。杉山はどんな服装で来るだろうか。長袖から半袖に切り替わる季節らしい、古い物を落としたような美しさと瑞々しさを感じる服装だろうか。僕は何時になく胸を弾ませた。
それから僕は十五分ほど小田急百貨店前を行き交う人々の表情や服装を見ながら杉山の登場を待ったが、杉山は現れなかった。すると僕のスマートフォンがブルルと振動して、ショートメールの到着を知らせてくれた。
画面を開くと、そこにはこんな一文が記されていた。
「ごめんなさい。今日は急な用事で行けなくなった。せっかく休みを空けてくれたのにごめんね」
絵文字も何もない、実に簡潔な文章だった。僕は背景に何か彼女の不幸みたいなものがあるのではと勘ぐったが、聞き返す勇気はなかったし、仮に何か問いかけても返事は帰ってこないだろうと分かっていた。
「わかった。またの機会に誘ってね」




