19 危機、牙を剥く
「そうですねー。すごいですねー」
「レッドフラッグ」のメンバーの自慢話に、力の無い彩寧の合いの手が晴菜の耳に聞こえてくる。
そんな対応に「レッドフラッグ」のメンバーは不満そうだが、「八つ当たりすんなよ」「お前たちの自慢話に付き合ってくれているんだから」「逆に感謝しろ」といったコメントによって釘を刺されている。普段から「レッドフラッグ」のダンジョン配信を見ている彼らのファンだ。
彼らと出会った時に抱いた不安は、ダンジョンに入ってしばらくの間は、影を潜めていた。
「イェーイ。俺たち、『レッドフラッグ』だぜ」
「「「イェーイ!!」」」
そのガラの悪さには不安も抱いたが、「ガラが悪くてすみませんね」「こんなんでも根は良いヤツらなんです」と彼らのファンが間に入ってくれた。「なんでこいつらのフォローに入らないといけないんだ」なんて愚痴もあったが。でも、
「ガラが悪いとはなんだ? おら!」
と凄むと、「投げ銭するの止めるがいいか?」「見るの止めるぞ」といったコメントが立て続けに流れて、
「「「すんませんした! それだけはご勘弁を!」」」
「レッドフラッグ」のメンバーが慌てて深々と頭を下げるのを見ると、約束事のような流れのスムーズさから晴菜たちは「こういうスタイルなんだ」と理解した。それは、配信を見ている他の視聴者たちも同じだった。
その後、ダンジョンを歩く際の注意点を彼らが語っている時は、そのテンポのいい明るいトークに感心したりもした。ちょいちょい、自分たちが持っている装備の宣伝が入ったりもしたが。
そして、ダンジョン配信が本格的に始まって、1匹の芋虫を倒した時、「レッドフラッグ」のリーダーが、
「俺たちにかかればこんなもんよ」
と気勢を上げたのが、この配信のピークだった。
モンスターが1体も出てこなくなった。
間を持たせるために、「レッドフラッグ」のメンバーと晴菜たちはトークを続けた。でも、次第に「レッドフラッグ」のメンバーの独壇場になっていった。晴菜たちも今回の配信のためにダンジョンについて調べてきたが、彼らの話の内容が過去の自慢話に移って行って、そこに嘘が混ざりだしたことで付いていけなくなったからだ。彼らにとって、この流れはおかしなことではなかった。いつものこと。彼らの嘘にファンがツッコミを入れるのが常だったから。
けれど、モンスターが出なければ、探索者としての一番の見せ場がない。その見せ場が作れないストレスと、自分たちを大きく見せたい虚栄心、これらが彼らの言動に拍車をかけた。
「それで俺たちは30匹のゴブリンをバッタバッタと倒していったんだ!」
普通に考えて、「レッドフラッグ」のメンバーが3人だけで、30のゴブリンを倒すことは不可能。浅階層にいる弱い個体であっても数が多すぎる。そんな見え見えな嘘に「はいはい」と彼らのファンの反応もおざなりになる。「嘘を吐くならもっと分かりにくいようにしろ」とも。他の視聴者は呆れた。
今回の配信で用意されたメガネ型端末に表示される同時視聴者数が目に見えて減っていく。それは他のメンバーも分かっていた。
でも、そのことを晴菜たちは特段気にすることはなかった。気にする余裕がなかった。疲労困憊だった。
初めてダンジョンを歩く。地上のアスファルトで舗装された道ではない。道なき道をひたすら歩くことは、アイドル活動で鍛えてきた体力を容赦なく削る。ダンジョンを歩きなれた「レッドフラッグ」のメンバーが、不慣れな晴菜たちに配慮することなく、自分たちの早いペースで進むことが、さらに彼女たちの体力を削る。
配信のコメントでも「もっと歩くペースを緩めろ」「彼女たち疲れているだろ」と書かれるのだが、
「全然大したことないだろ」
「なんでゆっくり歩かなきゃいけないんだ」
「まだまだ始まったばかりじゃねーか」
彼らは気にとめない。
体力だけではない。モンスターが何時出て来て自分たちの命を脅かすかもしれない、その緊迫感が彼女たちの心の余裕も削る。
――ダンジョンを甘く見ていた。
今回のダンジョン配信を成功させたい、そんな望みは捨てた。
もしかしたら、伸お兄ちゃんに褒めてもらえるかもしれない、そんな願いも捨てた。
残っているのは、地上に無事に戻ることだけ。
荒い呼吸が耳に響く。
と、その時、少し先を歩いていた「レッドフラッグ」のメンバーが止まり、
「よし! ようやく出番が来たぜー」
「ゴブリンだ! ヒャッハー!」
「待ちかねた!」
「行くぞ!」
「「おう!」」
気勢を上げて、無造作に手に持った武器を振り回した。
彼らの向こうには、ゴブリンが7。金属の鋭い穂先を持った槍、弓矢、小剣と丸盾、短い杖などがそれぞれの手に収められている。
晴菜の目には、「レッドフラッグ」のメンバーよりもゴブリンたちの方に迫力と強さが感じられた。
端末に表示させたままだった配信のコメント欄が勢いよく流れているのにも気が付いた。「ヤバイヤバイ」「あれはヤバイ」「逃げて」「早く逃げて!」など。
その中の1つに目が留まり、そのまま口から言葉が出た。
「……アッパーモンスター?」
「レッドフラッグ」のリーダーが右手に持った剣を無造作に振り上げ、
「死ねや!」
と叫んだ瞬間。
彼の背中から真っ赤な血に濡れた槍の穂先が姿を現した。
*
彼らがその場にたどり着いたのは、ちょうど晴菜たちと「レッドフラッグ」のメンバーがゴブリンの群れと遭遇したところだった。ゴブリンに気づかれないように腰を落としてしゃがんでいる。
「サイバーヴァイカルズ」のメンバーは、ダンジョン生態系研究振興協会から送られてきた突然の依頼を受けて、護衛対象といち早く合流するために、小高い丘の頂上まで息せき切って駆け上がった。送られてきた依頼を「協会に認められた!」と喜び、依頼をクリアすることでさらに得られる功名心と一緒に。
でも、進んできたところは緩やかで上りやすかったのだが、頂上から反対側は急傾斜になっていた。しかも、足元は岩だらけ。
そして、晴菜たちがいる所は、ちょうど反対側の丘との間の谷間になっている場所。
距離としては50mほど。目と鼻の先。でも、傾斜がきつい。足元も不安定で、一気に駆け下りてゴブリンたちの横を突くのは不可能だった。
「サイバーヴァイカルズ」のリーダー、吉野陽太は罵り声が配信に乗らないように喉の奥で押し殺す。
――もっと、この辺りの地形を確認しておけば。
後悔は先に立たない。
協会がダンジョンの階層ごとの地形図を公開しているが、しっかりと読みこんで、さらに自分の目で確認していなければ意味をなさない。地上の地図と異なり、ダンジョンの地形図には誤りが多い。実際、陽太が今見下ろしている斜面も地形図ではきつい急傾斜とは表現されていない。
それでも、後悔に浸ることなく、「レッドフラッグ」と通信を確立しようと試みる。「レッドフラッグ」の人数は3。ゴブリンの7の半分以下。通常の第5層に出現するゴブリンでも、倍の数を相手にするのは「サイバーヴァイカルズ」にとってもハイリスク。正面から戦って無傷で倒しきるのはもっと難しい。しかも、今回のゴブリンは下の階層から上がってきたアッパーモンスター。格上だ。
――今なら、挟み撃ちすることができる。
長距離攻撃ができる弓矢やコンパウンドボウは無いが、1人がここから足元の石を投擲して牽制しながら、「レッドフラッグ」が守勢に徹し、残りの「サイバーヴァイカルズ」のメンバーがゴブリンたちの後ろに出る。
だけど、
「よし! ようやく出番が来たぜー」
「ゴブリンだ! ヒャッハー!」
「待ちかねた!」
「行くぞ!」
「「おう!」」
「レッドフラッグ」のメンバーたちの雄叫びが陽太の耳に飛び込んできた。目は無造作にゴブリンたちに向かっていく姿を映す。
通信機能も持ったヘルメットに付いたシールドの片隅に映し出された配信のコメント欄には、「ゴブリンを舐めすぎ」「やられるゾ」といった鼻で笑うような書き込みが続いた。
でも、その書き込みがピタッと止まる。
「レッドフラッグ」の先頭に立っていた1人が槍に胸を貫かれ、抜かれる際にぼろ雑巾のように地面に投げ捨てられた。彼らが使っている配信用ドローンに組み込まれたAIが、緊急事態と判断して、搭載されているポーションを自動で投下する。
でも、無駄だ。
ポーションで回復しても、すぐにまた槍を刺される。1回。2回。3回。
刺された男の身体から力が抜ける。
槍を持つゴブリンが雄叫びを上げた。
その様子を間近で見せつけ足がすくんでしまったもう1人は、別のゴブリンに盾を叩きつけられ、倒れた所を剣で首を切り裂かれた。
最後の1人は背中を向けて逃げ出したが、片足を矢で貫かれ、地面に転んだ。と思ったら、炎に包まれた。杖を持ったゴブリンがその方向に手をかざしていた。
悲鳴がダンジョンに響く。肉の焼ける嫌な臭いも漂ってくる。
その悲鳴を「うるさい」と遮るように、別のゴブリンが今度は手に持った杖を向けると、空中に氷柱のような氷の塊が出現して落ちる。突き刺さる。1本。2本。
悲鳴が止んだ。
代わりに、ゴブリンたちの嗤い声が響く。
圧倒的な蹂躙劇を見せつけられた陽太は、罵り声が配信に乗らないように喉の奥で再度押し殺す。
誰に対する罵りか、自分でも分からなかった。無謀な行動をとった「レッドフラッグ」のメンバーにか、アッパーモンスターに遭遇する可能性を過小評価して依頼を受けた自分たちにか、無茶な依頼を回してきた協会にか。
明らかに、眼下のゴブリンたちは「サイバーヴァイカルズ」よりもはるかに格上だった。少し前に考えた「レッドフラッグ」と挟み撃ちをしても返り討ちにあってしまうかもしれない。一番浅い階層に出現するゴブリンは棒きれでさえ振り回されるところがあるのに、槍使いのゴブリンを始め、武器に振り回されていなかった。魔法を使うゴブリンもそうだ。「サイバーヴァイカルズ」に氷を出す魔法を使えるメンバーはいるが、まだ3cm四方の小さな氷1個しか出せない。先程の氷は50cmはあった。なによりゴブリンの数が多い。
――10階層前後をメインにしている俺たちより確実に強い。
――もしかすると、あいつらの脅威度は15階層より下じゃないか?
惨劇を見せられて一時書き込みが止まっていたコメント欄が再び動き出していた。「『サイバーヴァイカルズ』ならやれる!」「叩きのめせ!」などとはやし立てるもの。「後ろから奇襲をかけたらワンチャンあるんじゃね?」「二手に分けて横からも行ったら?」などと無責任にそそのかすもの。そして、「彼女たちを助けて!」「お願いします!」と一般人の救出を願うもの。
気が付けばメンバー全員が陽太を見ていた。
――これからどうするのか?
と。
昔、似たようなことがあったことを陽太は思い出していた。配信のコメント欄で「モンスターを残酷に殺せ」「もっと過激な内容にしろ」「声が聞き取りにくい。もっと大声で話せ」、そんなことが求められるようになった。どうするべきか、散々悩んだ末、
「どうしたらいいか、って?」
探索のイロハを教えてもらった「居酒屋までま」の直章に営業外の時間帯に相談しに行ったら、あっさりと答えられてしまった。
「そんなの決まっているだろ。自分の命だよ。そして、仲間の命」
それ以外ない、と言わんばかりに。
「普通の配信ならな、視聴者が楽しめるように色々考えないといけないんだろうが、お前たちがやっているのはダンジョンでの配信だろ。下手な対応が命を落とすことに繋がる危険な場所だ。なら、無事に地上に戻ってくること。それが一番だろ」
こんなやりとりを思い出していた。
「本当に申し訳ありませんが、ここで配信を一時中断します」
ゴブリンたちに気づかれないように、小声でそう言うと、コメント欄を確認することなく、陽太は配信の公開レベルを下げる。非公開になったことを確認すると、メンバーに向かって指示を出す。
「お前たちはドローンと搬送車と連れて、あのゴブリンたちが今来た方向に丘を下りろ。ゴブリンたちが去ったら、俺がここから合図を出すから、下の遺体を回収しろ。もし、ゴブリンがお前たちの方に移動を始めたら、別の合図を出すからそのときは全部を置いて逃げろ。いいな」
「あの、ゴブリンと戦うのは……」
「しない。逃げろ。あれは俺たちの手に負えない」
メンバーたちの間で安堵の空気が流れるのを感じた。
「それと、すまない」
頭を下げる。
「確実に、地上に戻ったら炎上する。一般人を見捨てた卑怯者だ、と」
「……仕方ないっすよ」
「命あってのなんとやら、っす」
「それを言うなら、物種だろ」
「そうそう」
メンバーたちは顔を見合わせてから、あえて明るく振舞う。
顔はこわばっていた。
あんなバケモノたちから今すぐ逃げ出したい。言葉に出さなくても、顔はそうはっきり言っていた。
それでも、彼らが踏みとどまってリーダーの指示に従うのは、「この人についていこう」と決めていたから。誰かに気に留められることも無く社会の底辺で燻っていた自分たちを、今の「名前の知れたダンジョン配信者」にまで導いてくれたから。
今もそう。命を守る最低限のラインは守ってくれている。それでいて、探索者としての誇りは守ろうとしてくれている。一般人を犠牲にして逃げ出すのではない。協会からの依頼を出来る範囲で成し遂げようと考え抜いている。
そして、なにより、一番辛いことは自分がやる。
「じゃあ、行ってくるっす、リーダー」
「合図、忘れないでくださいよ」
「間違って、逆の合図は勘弁す」
そう言い残して行動を開始したメンバーを陽太は見送ると、下のゴブリンたちに見つからないように、それまでしゃがんだ姿勢だったのを身体を完全に地面に伏せた。
槍持ちのゴブリンが晴菜たちに近づいていた。その醜悪な顔を見れば、彼女たちが「レッドフラッグ」のメンバーよりもか弱く、無力な存在であることは分かった上で、暴力的に嬲るつもりでいることは明らかだった。
その槍が振りかざされる。
後ろのゴブリンたちもはやし立てるかのように耳が腐りそうな嗤い声をあげている。
槍が振り下ろされた。




