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10 幕間・偽りのケモノたちは囁く(後編)

「そう言って、『チーム・スピカ』のデビューライブを大成功に導いたの」


「スゴイです!」


 目をキラキラと輝かせる子ダヌキに、まるで自分のことのようにキツネは胸を張る。鼻も高く伸びている。


「だから、少なくとも、あの時のデビューライブにいたファンは、彼に対して一目も二目も置いてるの。彼があの場にいなければ、今の『スターライトセレナーデ』の大活躍はなかった、って知っているから」


「本当に、スゴイ人なんですね。……あ、でも、さっき口にしていた『黒』ってどういうことですか?」


 首を傾げる子ダヌキの疑問にも、調子が乗ったキツネは答える。


 対して、タヌキは、さらにそっぽを向き、まるで他人のようにしている。断じて、蚊帳の外に置かれて不貞腐れているのではない。


「彼の正体、誰も知らないのよね。ここのようなファンコミュ(ファンコミュニティ)にはどこにも顔を出していないし、東京とその近郊のライブには必ず顔を出すけど、いつも入ってくるのは開演間際で、ライブを見るのも後ろの方、終わればさっさと会場を後にしているの。だから、ある意味目立つのよ。音楽関係者ではないか、という説もあるけど、ほとんど否定的。そこでタヌキチがある法則を見つけたの。その正体にはつながらないものだけどね」


 なお、タヌキはリアルの職業の関係から正体を知っているのだが、守秘義務と個人情報保護のために明かしていない。それはさておいて。


 キツネがチラッと視線を動かして様子をうかがってくる。話を聞いている様子を見せないから、面白くない、と肩をすくめるかけるが、タヌキの視線が何もない空中をキョロキョロしているのに気付いたのか、ニヤリと笑みを浮かべた。それから、再び子ダヌキに話しかけ始めた。


「身体をだるそうに、ライブ中も席にぐったり座ったりしている。スタンディングで壁にもたれかかっている。そういう時は、黒かそれに近い服装をしていて、体調が悪そう。逆に、ペンライトを振っている時なんかは、白かそれに近い服装をしていて、具合は良さそう。てね」


「つまり、今日は黒っぽい服装をしていたから、最初から体調が悪かった、ということですか?」


「そっ。真っ黒のサングラスもしていたからね。普段なら、そういう時は、何人かの古参ファンが、彼が倒れないか、心配して様子を見ているのよ。声をかけたこともあったわね。……で、どう? タヌキチ、始まった?」


 そのキツネからの呼びかけに、


「おう! 始まった。始まった。祭りが始まった!」


 タヌキはとても楽しそうに、肉食性の獰猛な笑みを浮かべながら、いくつものウィンドウを空中に展開する。それぞれが別のSNSの画面だ。


「あいつら、バカだよ。自分たちのコミュニティだけに閉じこもっていればいいのにさ。大声で叫んでいやがった」


 「大声で叫ぶ」。万人が目にするオープンなSNSに書き込んでいることを指している。逆に、「ひそひそ内緒話をする」とかだと、今タヌキたちがいるような、限られたメンバーだけが入れるクローズな空間でのやりとりを指す。


「そりゃそうよ。自分たちのコミュでは煽てられて、ちょっとしたヒーロー扱いだったんだから。すぐに調子に乗ってエスカレートするもんよ」


 その言葉を聞いて、タヌキの目がジトっとした目になる。


「……キツネ、やったな?」


 つまり、クローズのコミュニティーに潜り込んで扇動した、という意味。


「やってはないよ。覗き見しただけ」


 シレっとすました顔で答えるキツネの言葉を額面通りには受け取らないが、タヌキには確認するすべがない。


「大体、『チーム・スピカ親衛隊』なんてキモイ名前名乗っているグループに、間違ったって入りたくなんかないわ」


「『親衛隊』ねー。やっぱ、バカだな」


 続いたキツネからの新情報に、タヌキは呆れるほかない。大層な名前を名乗るなら相応のことをしろ、と。


 でも、そこに、子ダヌキが恐る恐る会話に入ってくる。


「……あの、すみません。始まったって、何が始まったんですか」


「うーん。ま、簡単に言ったら、勘違い野郎の終わりの始まりが始まった、てところだ」


「……え?」


「タヌキチ、それじゃ通じないよ。……つまりね、あの人に絡んでいたバカたちが『自分たちは正しいことをした』って、仕出かしたことをSNSに書き込んだのよ。そうしたら、当然、書き込みを目にした人たちから『お前たちの方が間違っている』ってフルボッコにされはじめた。そういうことよ」


 タヌキが展開したウインドウの内の2つは、絡んでいた男たちのSNSが表示されている。そこでは批判するコメントが次々に消され、ブロックされている様子が垣間見えるが、書き込まれるスピードと消されるスピードが増していっている。批判的なコメントは、ほとんどが「何の権利があって他のファンを排斥するのか」というもの。イヤープラグや補聴器と見間違えている可能性を指摘していたり、中には、別にアップされていた男たちのファングッズに身を固めた格好の写真を見て、「格好悪い」と嘲笑するものも。


 と、そこに批判的なコメントに逆切れする新しい書き込みがされた。さらなる燃料投下。書き込みと削除の追いかけっこが加速する。さらには、彼らを擁護している仲間たちのアカウントにも延焼していく。


「おうおう。悪手だね。さっさとアカウントをクローズにすればいいのに。自分たちが正しいと思い込んでやがる」


 タヌキは男たちの行動を嘲笑う。そんなタヌキの様子に、「少し怖い」と感じながら子ダヌキは口を開く。


「あ、でも、『最初の人』のことに触れているコメントはありませんね」


「それはファン界隈の内輪ネタだから。知らない人の方が今では多いし、知っている人は逆に触れないようにしているから。こんな無意味な炎上に、彼の手を(わずら)わせること自体、無駄だからね」


 キツネが応えるが、その時、別の場所で新たな動きが。


「運営が動いた。今回は早いな。リリースを出しやがった」


 宙に展開していたウインドウの1つを、タヌキはキツネと子ダヌキの前に移動させる。


「……厳しいですね」


「別にこのくらい当然よ。むしろ、清々する。あんな勘違いしたバカは排除するに限る!」


 表示されていたリリースに目を通した2人の反応は反対な物。子ダヌキは顔を曇らせ、逆に、キツネの顔は非常に晴れやかだった。


 リリースには、一部のファンがライブにおいて様々な迷惑行為をしていたことが確認できたため、当該ファンのファンクラブからの除名、今後のライブへの出入り禁止を決定した、といったことが書かれていた。


 絶賛炎上中のアカウントには、ファンクラブから除名されたことで「なぜだ?!」と発狂する書き込みがされる。


「大体、あいつら、ライブ中にも大騒ぎしていて、晴菜ちゃんから直接注意受けてんのよ。チビちゃんも見たでしょ。しかも、コミュではまるで自分に気があるようなことに受け取ってやがるの。キモかったわー」


 この新しい情報に反応したのは子ダヌキ。それまで同情的だったのが一転。顔から表情をストンと落とすと、


「チッ。……死ね」


 冷たい舌打ちとともに、ボツリと暗い声でつぶやいた。すぐに、「しまった!」と言わんばかりに手を口に当てて閉ざすが、他の2人は聞き逃さない。顔を見合わせ、同時にニンマリと笑い、


「チビちゃんの『死ね』、いただきました~」


「いいぞ、いいぞ。もっと言ってやれ!」


「うわーん。忘れてくださーい」


 一緒になって囃し立てるので、子ダヌキは顔を真っ赤にする。こうした時折垣間見せる辛辣な側面とその後の慌てる様子が、このコミュの先輩たちに可愛がられるところ。だから、もっといじられる。


「『晴菜ちゃんの相手は初恋のお兄さん以外許さない』派のチビちゃんには許せないよね~」


 配信番組で思い出話に花が開いた時に見せる晴菜の表情と「初恋のお兄さん」への一途な想いから、特に「チーム・スピカ」のファンの間では「晴菜の恋人は初恋のお兄さん以外許さない」派がかなり大きな勢力を占めていたりする。ユニコーン(晴菜の彼氏は絶許)派は絶滅危惧種。


 一時、運営に対して、晴菜の恋愛をより積極的に後押しするように求める署名活動が起こる動きもあったが、結局は実を結ばなかった。相手の「初恋のお兄さん」が誰なのか分からなかったからだ。晴菜の口からは過去の思い出話がいくつも出てきているが、今については何ひとつ出ていない。それでも、晴菜の恋を応援したいと思うファンは多い。


 だから、その一派の中でも過激派に近い子ダヌキにとって、このことでいじられるのは構わないのだが、こぼしてしまった「失言」をいじられるのは羞恥心を刺激される。


「それはそうですけど、さっきのは忘れてくださーい」


「忘れても大丈夫だぞ。ちゃんと録音しておいたから」


 タヌキが新しくウインドウを開いて音声ファイルを再生させる。


『チッ。……死ね』


「わははっ! タヌキチ、グッジョブ!」


「わー! 消してくださいー!」




 *


 


 同じ時、タヌキの中身がいるオフィスの別の一角で、


「益田君、本当に大丈夫かね。定められている内部ルールから前回と比べても更に外れてしまっているが、本当に問題は起きないのかね」


 前例主義の官僚的思考に囚われて不安を抱いている上司の言葉に、益田正人はいら立ちを隠して応える。話し合っているのは彼らが主催するダンジョン配信のコラボ企画。配信の内容は、有名ダンジョン配信者のエスコートの下、探索者ではない著名人にダンジョンを体験してもらうというもの。ダンジョンと探索者のイメージ向上を図ることが目的だった。そのため、有名配信者とは別に、護衛役の探索者がいて危険から守るはずだったのだが……。


「私も『問題ありません。大丈夫です』とはっきりお答えしたいのですが、仕方が無いではありませんか。配信は行わないといけない。だけど、護衛を引き受ける探索者はいない。だったら、少々の不安要素はあっても、この条件で行うしか方法がありません」


 ――なんで、この俺がモグラ(探索者)ども相手に仕事をしなければならないんだ!


 不満は隠す。周りがダンジョンと探索者を蔑む人間ばかりだったから、当然のように蔑む感情が身に付いた。社会全体も自分と同じだと思っていた。


「それは君が探索者への報酬を削ったからじゃあないか」


「『削った』? 違いますよ。妥当な金額に訂正しただけです。その点は課長も納得されたではないですか」


 ――モグラどもになぜこんなに高い金を払うんだ? バカだろ?


 そんな不満も隠す。いつのまにか、自分の考えは「差別」と指摘されてしまうようになってしまった。染みつきすぎて考えを改めることは出来ない。表に出さない分別はある。無ければ、今の地位を失ってしまうから。


 でも、マイルールを仕事に当てはめる理由にはなる。仕事が問題なく回る限り。


「……そうだがね」


 渋る上司に、正人はさらにいら立つが、仮面の下に隠す。代わりに、事実を指摘する。


「第一、従来の金額では予算をオーバーしてしまいます」


 「予算」というワードは上司には一番効く。さらにダメ押しもする。


「それに、河内さんと飯富さんをこの案件に加えるためには、どこかを削らなければなりません」


 「河内」「飯富」はそれぞれコンサルタントと広告代理店の人間。彼らに出すコンサルティング料と広告委託料を加えるように指示を出したのは、この上司。上司が彼らから色々特別な時間を過ごさせてもらっていることも、正人は知っている。そうするように仕向けたのが彼だから。もちろん、正人も。


 ――このやり方で何の問題もなく、ここでの仕事は回ってきた。

 ――とてもスムーズに回ってきた。

 ――だから、これからも……。


「……わかった。くれぐれも問題が起きないようにしてくれよな」


 そう言いながら、上司は自身のディスプレイに表示されていた書類を承認する。この後、さらに上の上司による決裁が必要。けれど、この承認があれば、上の上司は多忙ゆえにノーチェックで決裁してしまう。つまり、終わりも同然。だから、正人は頭を下げて、


「承りました」


と答えながら、内心は、


 ――どいつもこいつも、うぜえ。


 罵る。


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