第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(谷崎コーチ&井上編⑬)
軽いボールでの投げ込みを終えた井上宏樹の中には、これまでにない感覚が残っていた。
“力を入れて投げる”のではなく、“体の流れでボールを運ぶ”――その感覚。
だが、谷崎コーチはそこで終わらせなかった。
「よし、最後は“メディシンボールスロー”だ。ここで一気に“爆発の感覚”を掴んでもらう」
そう言って手渡されたのは、両手でやっと抱えられるほどの重みのある球――メディシンボールだった。井上は思わず、受け取った瞬間に腕を少し落とした。
「……けっこう重いですね、これ」
「その重さが大事なんだ。投球では“瞬間的に全身の力を一点に集める”場面がある。だが、それを筋力だけでやろうとするな。“回転力”を活かすことで、全身のエネルギーを一気に解放できる」
谷崎はグラウンド脇のネット前に立ち、説明を続けた。
「今日は2種類やる。“回旋スロー”と“前投げ”。まずは回旋から。片足を軸にして、体を大きくひねり、反動を使ってメディシンボールをネットに叩きつけろ」
井上は左足を前に出し、右足を後ろに引いて体を捻る構えを取る。目線はネット、肩は背後まで引き込まれている。
「腹筋と骨盤を連動させて、“一気に解放”。腕で投げるな。体の回転で“ぶつける”んだ」
言葉のとおりに体をひねり、右から左へ――“振る”というより、“巻き戻す”ように全身を動かしながら、メディシンボールを投げ込む。
――ズドンッ!
ネットに重い音が響いた。
「……今の、めっちゃ気持ちいい……!」
「その感覚、覚えとけ。“ぶつけた”じゃなく、“乗った”感じがしただろ」
井上はすぐに次の球を拾い、構えを取り直す。今度は下半身にもっと力を残し、体幹からしならせるイメージで回旋。
――ドスッ!
腰の回転から、肩、腕、そしてメディシンボールへとつながる“力の連鎖”が、ネットを揺らした。
「いいぞ。投球ってのは、ただ腕を速く振る競技じゃない。“回転と連動”でボールに爆発力を伝えるんだ。これができるようになれば、腕力じゃなくても140kmに届く」
井上の顔に、汗とともに笑みが浮かぶ。
「これ、今までにない感覚です。……フォームで回転ってこういうことだったんですね」
「そう。フォームの回転は“見た目”じゃない。“力を集める導線”なんだよ。お前のフォームが突っ込んでたのは、回転が途中で“逃げてた”からだ」
続いて“前投げ”に入る。立ち姿勢から両手でボールを持ち、体幹を使って真っすぐ前に投げ込む。股関節→体幹→両腕と一気に力を流し込むような動作だ。
「これは、“体全体で押し出す”動き。踏み込んだ時の“地面を押す感覚”とリンクする。フォームに“爆発点”を作るには、この感覚が絶対必要になる」
井上は深く息を吸い、右足で地面を踏み込みながら、全身を前方へ一気にぶつけた。
――ドンッ!
先ほどとは違い、今度は“前への推進力”がはっきりと意識できる。
「いい。“止めて投げる”んじゃなく、“動いて投げる”。その動きの先に、球速がある」
反復するたびに、井上の中にひとつの確信が生まれていく。
(これまで、腕で“投げていた”。でも、今は――体全体で“叩き込んでいる”)
フォームの中に“爆発”を持つ。
その感覚が、少しずつ形になりはじめていた。




