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スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】

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第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(谷崎コーチ&井上編⑦)

グラウンドの隅。照りつけていた太陽は傾きはじめ、遠くから吹いてくる風に少しだけ涼しさが混じっていた。


 「次は“プランク”と“サイドプランク”だ」


 谷崎コーチの声に、井上宏樹はうつぶせにマットを敷いた地面を見つめる。


 「……動かないトレーニングって、地味にキツいですよね」


 「そう。むしろ、“地味なのにキツい”ってのが正しい。これは“耐える力”を鍛えるメニューだからな。しかもただの我慢じゃない。体の“芯”で支える意識が大事だ」


 井上は両肘を肩幅にセットし、つま先で地面をとらえて身体を持ち上げる。


 「膝を伸ばして、頭からかかとまで、一直線。腰を上げすぎるな。落としすぎてもダメだ。目線は拳の先。腹筋と背筋でバランスを保て」


 言われた通りに姿勢を整えると、体の奥にじわじわとした痛みが走りはじめた。特に腹の奥、腰回り、肩の付け根がジリジリと熱を持つ。


 「……うっ……これ、30秒でも地獄ですね……」


 「30秒なんて序の口だ。慣れたら1分、90秒、2分と伸ばしていく。でも大事なのは“時間”より“質”だ。崩れた姿勢でやっても意味がない。体幹は“形を保つ力”だ。それが崩れると、投球フォームも崩れる」


 井上は歯を食いしばってキープする。腕はプルプルと震え、呼吸が浅くなる。


 「よし、あと5秒。力を抜かず、体の芯を意識して……3、2、1――はい、OK!」


 マットに崩れ落ちた井上は、地面に背中をつけながら荒く息を吐いた。


 「……走るより、疲れますね……」


 「走るのは“出す力”。これは“止める力”。両方なきゃ、投手としては土台が完成しない」


 谷崎は少し笑みを浮かべながら、井上の横にサイドマットをセットする。


 「次は“サイドプランク”。今度は片肘で体を支える。横からのブレに強くなるためのトレーニングだ。実戦のピッチングでは、こっちの感覚の方が近いかもしれんぞ」


 井上は体を横にして、右肘で支える姿勢を取る。脚をまっすぐ揃え、腰を持ち上げる。


 「ポイントは、“肩から足首までが一直線”。体をねじらない。お尻が落ちないようにキープ」


 さっきとは違う、わき腹と骨盤まわりに強烈な負荷がかかる。下腹部がぐっと締まってくるような感覚――これまで筋トレでは感じたことのない“深い場所”が悲鳴を上げていた。


 「……っっ、く……これ、地味どころじゃない……っ」


 「そこに効いてるなら正解だ。腹斜筋や骨盤周りを支える筋肉が今、目を覚ましてる」


 井上は目を閉じ、呼吸を整える。崩れそうになる体勢を必死に修正しながら、30秒を乗り切った。


 「逆サイドもいくぞ。利き手側が特に重要だからな」


 左肘をついて、反対側の姿勢に入る。汗が頬を伝い落ちる。


 「……投げるって、“動く”ことだと思ってました。でも、実際は“止める”ことも、こんなに重要なんですね」


 「その通り。“制御できない力”は、野球じゃ通用しない。身体を支える土台があって初めて、正確な動きができるんだ」


 谷崎の言葉を聞きながら、井上はふと、午前にシャドウで見た自分のフォームを思い出す。


 肩が開き、リリースが流れ、体が前に突っ込んでいた。


 (あれも、体幹が弱かったからなのか……)


 だからこそ、今日のこのトレーニングには意味がある。ここで逃げてはいけない。


 「……よし、次のセット、いきます!」


 井上は立ち上がり、マットの上で再び肘をついた。


 “止める力”を、その芯に刻みつけるために――。



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