第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編⑪)
全メニューを終えた千堂陸が、深く息を吐きながらマットに座り込む。その横で、高田優斗が静かにストレッチポールを取り出した。
「じゃあ、締めにクールダウンしよう。ここまで追い込んだら、ちゃんと戻すのも大事だからな」
まずは仰向けに寝た状態で、太ももの前を伸ばすストレッチ。高田が片膝を曲げ、かかとをお尻に引き寄せる動きを見せる。
「筋トレって、“やったあと”がすごく大事なんだよ。追い込んだまま放っておくと、回復が遅れて次のトレーニングの質も下がる」
千堂もそれにならい、慎重に姿勢をまねる。脚を引き寄せるたびに、疲労した筋肉がピリピリと伸びていくのを感じた。
「高田さん、毎日この6種目……やる感じなんですか?」
「いや、それはやらない。ていうか、“やっちゃだめ”。筋肉って、鍛えたあとに休ませることで強くなるから。毎日全部やると逆に壊す」
そう言いながら、高田は今度は上半身を起こし、開脚して体側を伸ばし始めた。脇腹から背中にかけて、ゆっくりとテンションがかかっていく。
「だから、メニューは“部位ごとに分けて”回すのが基本。たとえば──」
彼は指を折りながら言った。
「月曜:下半身メイン(スクワット系+ジャンプ系)」
「火曜:体幹と上半身の連動(ローテーションスロー、ウッドチョップ、プランク系)」
「水曜:軽めのメニューでリカバリー+フォームチェック中心」
「木曜:再び下半身+瞬発力系」
「金曜:体幹中心+フォーム維持系」
「土曜:実戦動作に繋がるサーキットメニュー」
「日曜:完全オフ、もしくは軽いジョグとストレッチだけ」
「……って感じで、毎日“違う場所を追い込む”イメージだな」
「なるほど……。やっぱり全部一気にやったら、逆効果になるんですね」
「そう。たとえばスクワットを毎日全力でやってたら、脚の筋繊維が回復しきらないうちに壊れ続ける。それだと、成長どころかケガにつながる」
そう言って、高田は肩と肩甲骨を大きく回すストレッチに切り替える。
「あと、今の時期は“作る時期”だからこそ、トレーニングの質と効率が重要。鍛えたい場所を決めて、そこに集中する。だからこのメニューも“部位別に分けて1日2〜3種目ずつ”くらいでいい」
千堂はうなずきながら、同じように肩甲骨を回す。
「じゃあ、今日みたいな日は“全身を一通り知るための1日”って感じですか?」
「そう。それが正解。今日はまず“身体のどこをどう鍛えるのか”を知ってもらいたかった。今後は、それをどう分けて積み重ねていくかが大事になる」
「……わかりました。ちゃんと整理して、日ごとに分けてやっていきます」
「それが一番伸びる方法だよ。あと、疲れが残ってるときは無理しない。“昨日より少しでも良くする”って気持ちで継続するのが、一番強くなる近道だから」
マットの上で脚を伸ばした千堂が、最後に息を深く吐いた。
「……終わったあと、身体が軽く感じるのがちょっと不思議です」
「それ、ちゃんとトレーニングできた証拠。体幹が使えるようになってくると、日常の動きも変わるよ。守備でも、走塁でも、“無駄な力みが抜ける”から」
そう言って立ち上がる高田の姿は、まさに“積み重ねを知る者”の余裕そのものだった。
「じゃあ、今日はここまで。明日は下半身、重点的にいこうか」
「はいっ!」
夕暮れの差し込むウェイトルームに、2人の声が軽く響いた。




