第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編⑩)
高田優斗が、大きめの木製ジャンプボックスの前で手を叩くと、千堂陸がやや重たい足取りで近づいてきた。
「ラストメニュー。ジャンプスクワット──もしくはボックスジャンプ。どっちも目的はひとつ、“爆発力”だ」
そう言って、高田は台の前に立ち、軽く膝を屈伸させた。
「ここまでで基礎と体幹は十分追い込めてる。で、ここが“仕上げ”。バッティングでも守備でも必要な、反応速度と瞬発力を高めるためのメニューだ」
ジャンプボックスの高さはおよそ60cm。高田は両手を振り下ろしながら、リズムよく沈み──
「──っしょ!」
バシッと軽快な音を立てて、台の上に着地した。
「爆発的に動き出す力。これがあると、打球への初動も、バットの振り出しも変わってくる。瞬間的に“最大出力”を出せるかどうかが勝負を分けるんだ」
高田は一度飛び降り、足元のマットを整えながら続けた。
「コツは、ただ跳ぶんじゃなくて、“溜め”から一気に爆発させること。しゃがんだ姿勢から一瞬で力を開放する。スプリングじゃなくて、爆弾みたいに」
千堂が台の前に立つ。肩で呼吸しながら、疲労の残る脚に軽く刺激を入れる。
「よし、やってみよう。5回でいい。フォーム崩すより、“1回1回を全力”で」
「はいっ」
千堂は足を肩幅に開き、軽く沈み込む。腕を後ろに引いて──
「せーの!」
──バンッ!
着地の音が思いのほか大きく、バランスもわずかに崩れたが、なんとか成功。
「悪くない。でも、ちょっと“引きつけて跳びすぎ”だな。もっと“前じゃなく、真上に爆発”させる感じ」
2回目、千堂は意識を変えてもう一度ジャンプ。今度は跳躍がまっすぐ上に伸び、着地も安定した。
「いい! 今のは、“力を出し切った感”がある。この動きって、内野手なら打球に一歩目で反応するときにも使われる感覚なんだ」
千堂は汗をにじませながら、3回、4回とジャンプを重ねる。呼吸は荒れ、脚は悲鳴をあげるが──高田は声をかけ続けた。
「ラスト! 体を爆発させろ、陸!」
「──っしゃあ!」
5回目のジャンプで、千堂はこれまでで最も高く跳んだ。着地と同時に、両手が自然と拳を握っていた。
「……よし、それで終わり。お疲れ」
高田が静かにタオルを手渡す。千堂はそれを受け取りながら、膝に手をついて大きく息を吐いた。
「……キツかったです。でも、気持ちいいです」
「それが“自分を超えた瞬間”ってやつだ。疲れてるときに爆発できるようになったら、試合でも必ず活きる」
千堂がうなずき、ふと目線をジャンプボックスに戻す。
「また明日も、やりたいです」
「その意気だな。……体は正直だから、ちゃんと続ければ絶対に変わる。筋肉も反応も、全部“信頼できる武器”になっていくから」
ウェイトルームの時計は、午後5時30分を回っていた。
若き1年生の体に刻まれた“基礎の反復”は、やがて試合での一歩目を変え、バットの一振りを変え、勝敗を左右する“違い”になる──
それを、高田は知っていたし、千堂もまた、理解し始めていた。




