第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編⑨)
トレーニングの終盤。疲労がじわじわと溜まり始めた千堂陸に、高田優斗が手招きする。
「最後は、ちょっと難しいやついくぞ。テーマは“不安定な状況でも軸を保つ力”。試合中に必要な体幹ってのは、床の上じゃなく、“揺れる中で支えられるか”なんだよ」
そう言って、高田は膝をついて床に置かれたバランスボールの前に座り込む。高さのある柔らかい球体に、両前腕を乗せる形でプランクの体勢をつくった。
「まずは、これ。肘から手首をボールに乗せて、つま先だけで支える。腰が落ちたり、お尻が浮いたりしないように一直線をキープ」
ぐらつきながらも、ピタリと止まった高田の身体は、張り詰めた弓のように真っすぐだ。
「静止できたら、次。ここから体をひねる──擬似スイングだ。右腰を引き、左肩を出す。実際の打撃より小さめでいい。でも、腹筋と背筋を“つなげる”意識で」
高田が、バランスボール上でゆっくりと体をひねる。ボールがわずかに揺れるたび、全身の筋肉が微調整しているのが伝わってくる。
「この揺れを“制御する力”こそが、守備での切り返しや、インサイドの速球への対応に直結する。床の上でできても、実戦じゃ使えないんだよ」
千堂がうなずき、慎重にバランスボールの前に移動した。
「けっこう……怖いですね、これ」
「最初は誰でもグラつく。でも、そこで踏ん張ろうとする“反応”が、まさに今必要な筋力なんだ」
千堂が両肘をボールに置き、足を伸ばして体を浮かせる。すぐにバランスが崩れそうになるが、必死に耐えて体をまっすぐ保とうとする。
「腰、もう少し下げて。そう、真っすぐに。目線は前。肩で支えないで、体幹で支える意識」
「……っく、これ……キツい……!」
「その“キツさ”が効いてる証拠。じゃあ、ひねってみよう。右腰を引いて、左肩を前へ──ゆっくり」
千堂が、震える体を必死に保ちながら、わずかに身体をひねる。ボールが揺れ、肘が滑りそうになったが、なんとか持ちこたえた。
「よし、いいぞ。その“ギリギリ”のところで保つ感覚、それがスイングの軸を強くする。あとは繰り返すだけ」
千堂は、ゆっくりと数回のひねり動作を行ったあと、崩れるようにマットの上に倒れ込んだ。
「……これは……正直、スクワットよりキツいです……」
「でも、今やったことは全部、守備で前に出たあとに切り返す動きとか、身体を開かずにインコースを打つ動きに繋がってる。そういう意味のあるトレーニングなんだ」
高田がタオルを渡しながら、静かに微笑む。
「お前、ちゃんと身体で理解してきてるな。その調子で続けていけば、夏にはきっとベンチ入りが見えてくる」
千堂はゼェゼェと息をしながらも、小さくうなずいた。
「……絶対、入りたいです。そのためなら、何でもやります」
「じゃあ、その意気で明日もやろう。……トレーニングってのは、やったぶんだけ嘘をつかない。俺もそれだけは、信じて続けてきたから」




