第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編⑦)
ダンベルラックの横、マットの敷かれたトレーニングスペース。その壁際に、重たげなメディシンボールがいくつか並んでいる。
「次はローテーションスロー。これ、見た目以上にキツいから気をつけてな」
そう言って、高田優斗は黒くてずっしりとした3kgのメディシンボールを手に取った。野球ボールとは違い、全体に重心があるその球体を軽く胸元で抱えながら、壁の正面に立つ。
「目的は、体幹の“ひねり”で投げること。腕の力だけで投げたら意味がない。バットスイングの“回転軸”を鍛える感覚でやる」
足は肩幅、右足を少し後ろに引く。腰を大きくひねってタメをつくり──
「ふっ!」
メディシンボールが壁にぶつかる鈍い音を立てて跳ね返る。**ゴンッ!**という低い音とともに、空気が一瞬揺れたような感覚が、千堂の胸を打つ。
「このとき、投げ終わったあとにバランスを崩さないように。体幹で止めるんだ。スイングも一緒。振ったあとに“止まる力”が必要になる」
高田はもう一度、今度は反対方向から同じ動きを繰り返す。今度は左足を後ろに引いてのスロー。
「右打ちならこっちの方が“逆方向”になるけど、どっちもやる。回旋力って、片方だけだとバランス崩れるから」
千堂は3kgのメディシンボールを手に取り、壁に向かう。
「ちょっと重いですね……」
「それくらいがちょうどいい。軽いと腕だけで投げちゃう。しっかり腰から回すこと。腹筋と背中の筋肉を“絞る”ように使う」
千堂は足を開き、身体を右にひねって構える。左足を壁側に置き、右足をやや後方へ。グリップを握るようにメディシンボールを構えた。
「……よし、いきます!」
「ひねって、“ドン”と打ちつける!」
──ドンッ!
ボールが壁に当たり、やや不規則に跳ね返る。千堂はバランスを崩しかけて、慌てて片足を出して体勢を整えた。
「惜しい、悪くない。でもな、投げたあとに体が流れるってことは、体幹がまだ抜けてる。力を入れるのは“ひねるとき”と“止めるとき”。それ以外は、力まない」
千堂はうなずき、もう一度構える。今度は呼吸を合わせ、ひねりに集中して──
「ふっ……!」
──ゴンッ!
「おっ、いい音出たな。今のは軸が通ってた。打撃で言えば、芯で捉えて振り切った感じに近い」
その言葉に、千堂の口元が少し緩む。
「じゃあ、次はこれ。片膝立ちでやってみよう」
高田が右膝を地面につけ、左足を前に出す“片膝姿勢”をとる。
「これだと下半身が固定されるから、上半身と体幹だけで回す必要がある。腰の切れがないと、うまく飛ばない」
構えたまま、ひと呼吸──そして、スロー。
──ドンッ!
「こっちは“体幹だけで打つ”感覚に近い。例えば、インハイの速球をさばくときに、下半身を使いきれない局面があるだろ? そういうときに、この力が生きてくる」
千堂も片膝をつき、慎重に構えながらスローに挑む。
──ゴン……ッ
「よし。今のは悪くない。あとは、もう少しだけ上体の“締まり”を意識するとさらに伸びるよ」
「はい、わかりました!」
何度か繰り返すうちに、千堂の動きにもキレが出てきた。スローのたびに空気が振動し、ウェイトルームの奥からも、振り返る選手の視線が向けられる。
「よし、これで今日の体幹メニューは終了。……でもな、こういう地味なメニューをどれだけ積み上げられるかが、夏の差になるんだよ」
「……はい。やります、必ず」
汗を拭いながら、千堂はまっすぐに高田を見つめた。その目には、少しずつ“レギュラーへの執念”が宿りはじめていた。




