第2幕: 高校1年生の春──紅白戦開始②
選手たちが紅白戦の準備を整えている間、大山龍太監督はグラウンドの隅で腕を組み、じっとグラウンドを見つめていた。その隣で、コーチの谷崎雷児が肩をすくめながら、呆れたように口を開いた。
「監督、さすがにこの時期で紅白戦は早すぎませんか?」
「そう思うか?」
「ええ。まだ新入生たちは基礎練習の段階ですよ。実戦なんてやらせても、まともな試合にならないでしょう」
谷崎は軽く笑いながら言ったが、大山は表情を崩さず、低い声で続けた。
「谷崎、お前もわかっているだろう。選抜で俺たちが勝てなかった理由はなんだ?」
その言葉に、谷崎の表情から冗談めいた雰囲気が消える。ポケットに手を突っ込んだまま、グラウンドを見渡し、静かに呟いた。
「試合の流れを作れる1番打者の不在……」
大山は力強く頷くと、視線を紅白戦の準備を進める選手たちに向けた。
「そうだ。高校野球はたった1球で流れがガラリと変わる。強打者が揃っていても、試合を作る役割を担う選手がいなければ意味がない。うちの課題はそこにある」
谷崎は口元に手を当て、少し考え込んだ後、再び口を開く。
「確かに、高田はいい選手ですが、彼は3番向きですよね。思い切りのいいバッティングが持ち味で、繊細に試合を組み立てるタイプじゃない」
「そうだ。藤原も1球を見極める力があるが、彼はチームの4番、動かすわけにはいかない」
大山は短く息を吐くと、腕を組み直し、低く続けた。
「だから、今のうちに新戦力を探しておく必要がある。新入生の中に、流れを変えられる選手がいるかもしれない」
谷崎はニヤリと笑い、グラウンドの端でアップをしている千堂陸の姿を目で追った。
「……なるほど。確かに、面白い選手がいるかもしれませんね」
その声に、大山も微かに笑みを浮かべた。紅白戦は、ただの実力試しではない。チームの未来を決める、重要なテストの場となるのだった。