第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編⑥)
ハーフスクワットを終えた千堂が、タオルで汗を拭きながら息を整えていると、高田がラック前のバーベルを指さした。
「次はデッドリフト。床から引き上げる動きで、背面全体を鍛える。特に、スイングで“踏ん張る力”と“体幹の連動”に直結するトレーニングだ」
そう言って、高田はゆっくりとバーベルの前に立つ。
「まず意識してほしいのは、背中。絶対に丸めないこと。あと、力を入れるのは腰じゃない。“ハムストリングス”と“お尻”で引き上げるイメージを持つ」
言いながら、スッと足を肩幅に開いた。バーは足の中央、靴紐の上あたりに位置している。膝を軽く曲げ、股関節を後ろに引くようにして上体を倒すと、バーに手をかけた。
「このとき、背中はピンと張ったまま。目線は少し前。首をすくめないようにして、肩甲骨を軽く寄せる」
千堂は、スクワットとはまた違った緊張感でその動きを見ていた。
「そっから引き上げる。せーの──」
高田の身体が一気に上昇する。バーはスムーズに床を離れ、膝を通過し、最後は腰の位置まで来たところでピタリと止まった。
「フィニッシュでは、膝と腰がまっすぐになる。けど、反りすぎると逆に腰に負担がかかるから、ここで止める」
バーを静かに床に戻すと、高田が振り向いて言った。
「一見シンプルだけど、フォームが崩れると一番危ない種目でもある。だから、最初は軽めの重さで、しっかり動きを覚えよう」
千堂がうなずき、恐る恐るバーの前に立つ。
「足幅はこのくらいで大丈夫ですか?」
「うん、肩幅くらいでちょうどいい。バーの位置も合ってる。あとは……膝を曲げすぎないで。股関節から折るようにして、腰を引く」
「……こう、ですか?」
「うん、その感覚。あとは背中を丸めない。胸を張って、肩甲骨を軽く寄せる。腰が落ちすぎないように」
高田が後ろからチェックする。千堂の肩と背中のラインが、まっすぐ一直線になったのを確認してから、軽く声をかけた。
「よし、上げてみよう。無理にスピード出さなくていい。ハムストリングスで“引く”意識」
千堂がゆっくりとバーを引き上げる。足の裏全体で床を押しながら、背中のラインを保ったまま、慎重に。
「……せーのっ」
バーベルが静かに床を離れ、膝を通過し、ややぎこちないながらも、しっかりと上体が起き上がる。
「よし、悪くない。そのとき、肩で引き上げないように。あくまで、下半身と体幹の“連動”で持っていく」
千堂は軽く息を吐き、2回目に備える。
「これがうまくなると、スイングで腰が流れなくなる。打ったあとも、軸が崩れにくくなるから」
10回を終えて、千堂がバーを静かに床に戻すと、高田が微笑んだ。
「フォーム、きれいだったよ。力みもなかったし、いいスタート」
「ありがとうございます。確かに……背中にすごく効いてる感じがします」
「それでいい。明日、ハムストリングスが筋肉痛になってたら成功。無理せず、地道に続けること。それが一番、パフォーマンスにつながる」
千堂がうなずいたとき、高田はふと、昔コーチに言われたことを思い出した。
「……俺も最初は、腰を痛めかけてたからさ。だからこそ言うけど、慎重に、丁寧にやっていこう。トレーニングっていうのは、自分の体とちゃんと対話しながらやるもんなんだ」




