第3幕【第１章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編⑤)
鉄の匂いと汗が混じる空気の中、ウェイトルームに低く響くバーベルの金属音。ラックの前に立った高田優斗が、黙ってバーに手を伸ばした。
「陸、バーベルは“担ぐ”んじゃない。“背負う”んだ」
そう言って、無駄のない動作でバーベルを肩に乗せる。肩甲骨を寄せ、バーを僧帽筋のやや下に固定する。足幅は肩幅、胸を張って目線は正面。
「このときに大事なのは、背中の軸。丸まっても反りすぎてもだめ。打席で構えるときと同じで、どっしりとした安定感をつくる」
千堂陸は、真剣なまなざしでその姿を見つめていた。
「じゃあ、やってみるよ」
高田が腰を落とし始める。動きは滑らかで、膝が前に出すぎることもなく、上体は必要最低限の前傾にとどめている。膝の角度がちょうど90度になったところで、ピタリと静止した。
「ここ。この深さが“ハーフ”。スクワットって言うとつい深く沈もうとしがちだけど、目的は“股関節で支える感覚”を覚えること。膝じゃなくて、股関節主導。ここを勘違いすると意味がない」
そのまま力強く立ち上がる。姿勢は終始ぶれない。
「かかとだけじゃなく、足の裏全体で地面を押す。この“支点”が安定すると、守備でも打撃でも下半身の粘りが変わってくる」
千堂が前に出る。バーベルに向かって、少し戸惑いながら手をかけた。
「肩に乗せる位置、ここで大丈夫ですか？」
「うん、少しだけ高いかな。もう少しだけ下。そうそう、バーは首に乗せないように、僧帽筋の盛り上がりのあたりに置くと痛くない。あとは、肘をしっかり後ろに引いて、胸を張って」
背後から高田がそっと背中に手を添える。
「陸、お前さ、守備のときもちょっと腰が浮いてるときあるだろ。こういう姿勢をトレーニングでちゃんと身につければ、自然と構えの質も変わるから」
千堂は軽く息を整え、慎重に1回目のスクワットを開始。だが、思った以上に浅い位置で止まってしまう。
「ストップ。今のは浅い。膝だけでしゃがもうとするとそうなる。もっと股関節から後ろに引く意識。お尻を後ろに突き出すような感じで」
「……こうですか？」
「そう、それで合ってる。姿勢が崩れないように気をつけて。慣れないうちは無理しなくていい。今日はまず、“正しい動き”を覚えるのが目的だから」
2回目、千堂の動きは少しスムーズになっていた。かかとが浮かず、腰もしっかりと落ちている。
「いい感じ。あと8回、焦らずゆっくり。回数よりフォームが大事」
千堂は静かにうなずきながら、3セットをやり切った。顔に汗がにじみ、肩で息をする。
「……終わりました」
「よく頑張ったな。正直、俺が1年のときより全然いいよ。でもな、これで満足するんじゃなくて、ここから“どこに効いてるか”を毎回確認していくこと。続ければ、絶対に守備も打撃も安定してくる」
千堂が小さく笑うと、高田はタオルを手渡しながら言った。
「身体を鍛えるってのは、力をつけるだけじゃない。感覚を磨くことでもあるんだよ。お前なら、ちゃんと掴めるはずだから」
