第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編②)
場所は変わり、ウエイトトレーニングルーム。
高田優斗は、手にしたストップウォッチを片手に、千堂陸を見下ろした。
「じゃあ、今日は“体幹の芯”を作るやつな。これ、俺が一年のとき、監督に叩き込まれたやつだ」
そう言うと、高田は自らマットにうつ伏せになった。
「まずはプランク。これ、見た目以上にしんどい。けど、フォーム崩すくらいなら30秒でいい。軸がブレたら意味ねぇから」
両肘を地面につけ、つま先を立てて――高田の身体がピンと一直線に張った。無駄な力の入らない、美しいフォーム。
「陸、お前もやってみろ。肩、落とすなよ。腹を引っ込めて、腰が落ちすぎないように」
千堂もマットにうつ伏せになり、指示通りの体勢を取る。
が、10秒もしないうちに体がプルプルと震え始めた。
「こ、こんなに……くるんですね、これ」
「効いてる証拠だ。試合でフラつかない守備の“芯”は、こういうとこで作るんだよ」
次はサイドプランク。
今度は横向きに寝転がり、肘と足の側面で身体を支える。
「これは腹斜筋。走塁とか、横の一歩目の反応に効いてくる」
高田は軽々とキープしながら言った。
千堂も真似するが、体がグラグラと揺れた。
「腹が落ちてる。肩も前に出てる。真横に、板みたいに固めろ」
「は、はいっ……!」
汗が首筋を伝い、顎の先からマットに滴る。
だが千堂は、目を閉じながらも崩れそうなフォームを必死に修正した。
三種目目は、グルートブリッジ。
仰向けに寝たまま、膝を立ててお尻を持ち上げる。背中から太ももまでが一直線になるように。
「これ、意外と地味だろ。でもな、骨盤まわりが安定してると、打撃でも“ぶれない軸”ができんだよ」
「打撃にも、ですか?」
「ああ。俺はこれで、インコースの速球にも押し込めるようになった」
千堂はぐっと踏ん張りながらお尻を持ち上げた。太ももの裏にかすかな張りが走る。
「……意外とキますね、これ」
「だろ? でもまだ最後が残ってる」
そう言って、高田が最後に示したのは「デッドバグ」。
仰向けになり、両手両足を宙に浮かせて――片手と反対側の脚を、ゆっくり交互に動かしていく。
「これが一番ややこしい。背中を浮かせないように。腹の奥を、絞る感じで動かせ」
千堂も同じように手足を上げて動かすが、意外にもバランスを取るのが難しい。
「うわ……あれ? 手と足、逆になって……」
「ほら見ろ、パニクってる。これ、脳と体の連携も試されるからな。守備の判断と反応を鍛えるのに効くんだ」
荒い息を吐きながら、千堂は数セットこなし――マットの上に寝転がった。
天井の照明が滲んで見える。
「……やばい、腹が燃える……」
「効いてる証拠だ。最初はキツい。でも、ここで諦めなきゃ、確実に体が変わってくる」
高田の顔には笑みはなかった。だがその視線には、真っすぐなものが宿っていた。
「俺が一年んときも、これで変われた。お前も、やれる」
千堂は息を整えながら、ぐっと拳を握った。
「はい。俺も、変わりたいです。ちゃんと、この体で“戦える”ように」
小さな声だったが、その決意は強く、重かった。
そして、午後の個別強化練習は――確かな一歩を踏み出していた。




