第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・個別練習(高田・千堂編①)
屋内練習場の人工芝に、ボールが弾む音が響いた。
照明の下、砂ぼこりの舞わない静かな空間。
ノックバットを構えたコーチが、容赦のない強い打球を次々と打ち込む。
「おっしゃ、一本いくぞ、高田ァーッ!」
快音。鋭い打球が三遊間に飛ぶ。
高田優斗は一歩も迷わず踏み込んだ。
打球の勢いに正面から入るのではなく、斜めの角度から柔らかく体を滑り込ませる。
腰を落とし、低く、強く。
地面をなぞるようにグラブがボールを吸い込んだ。
「アウトーッ!」
一塁方向への送球までが一連の流れ。
力強さとしなやかさを兼ね備えた“高校球児のトッププレー”だった。
「……すげえ」
横でノックを受ける千堂陸が、思わず声を漏らす。
同じ遊撃手として、見逃せない技術と迫力。
(重い打球を前にしても、崩れない。足もブレてないし、グラブも身体の近くで収めてる)
守備範囲が広いだけじゃない。
動き出しから送球まで、軸が一切ブレていなかった。
「お前もやるぞ、千堂!」
今度は千堂が構える。
だが、咄嗟の反応で飛び込んだ体勢からの送球は、やや逸れた。
「……うわっ、ちょっと……!」
受けた一塁手のミットがズレる。
「ったく、もったいねぇな」
高田が千堂の元に歩いてくる。
柔らかな笑みだが、その目には真剣さが宿っていた。
「なあ、さっきの。俺のプレー、どう見えた?」
「どうって……かっこよかったです。あと、フィジカルの差を感じました。たぶん、俺じゃあの体勢で投げられない」
「はは、まあな。俺も最初は全然だった」
高田は壁に寄りかかると、自分の両足を叩いた。
「高校入って、最初の合宿でわかったんだよ。“通じない”ってな。球際で耐えられないし、速い打球に反応しても、踏ん張れなきゃ意味ない」
「……それで、鍛えたんですか?」
「徹底的に、な。下半身、体幹、背筋。打撃にも守備にも軸は全部繋がってるって、やっと理解できた。頭じゃなくて体で」
高田は、バウンドしたゴロを足元で拾いながら続けた。
「最初はこんなプレー、できなかった。でも、体の中に“土台”ができると、足が出るし、腕も振れる。視野も広くなる」
千堂は、その言葉を聞きながら頷いた。
試合中に“反応できるかどうか”は、直感だけじゃない。
踏ん張れる足と、耐えられる体幹があってこそ、初めて“動ける”のだと。
「……じゃあ、俺も作ります。土台、強くします」
「なら、ついてこいよ。今日から全部教えてやる」
高田がバシッと千堂の胸を軽く叩いた。
千堂は笑みを浮かべ、グラブを嵌め直す。
「まずは、もう一本。お願いします」
「おう、任せとけ」
二人は再び並んでノックの列に戻る。
千堂の目には、ただの“守備練習”ではない、別の何かが映っていた。
――これが、戦うための守備。
――この背中に、追いつきたい。
そんな想いが、午後のグラウンドにじんわりと染みていった。




