第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング(1年生編⑩)
――1アウト二塁、三塁。
なおも続くピンチ。井上は汗を拭うこともせず、マウンドに立ち続けていた。
(もう一本、長打を浴びたら崩れる)
そう思いながらも、変化球は使えない。ストレートで押し切るしかない。
打席には次の打者が立つ。初球をいきなり流し打ち。
「打ったッ!」
打球は高く舞い上がった。
右翼後方。風に流されながら、外野フェンスの手前まで伸びていく――
「やばい、伸びる……!」
一瞬、グラウンドの空気が凍る。
ライトを守る佐藤悠真は、打球が放たれた瞬間、後方へと全力で背を向けて走った。
(届く、まだ落ちない!)
フェンスまでの距離を計算しながら、目を離さず、最後の一歩でジャンプ――
「……うおっ!」
グラブを天に伸ばし、フェンスにぶつかる寸前のタイミングで、打球を“すくい取った”。
「キャーーーーッチ!」
グラウンドに歓声と、驚き混じりのどよめきが広がった。
フェンスに手をついた佐藤は、反動で尻もちをついたが、右手のグラブには確かにボールが収まっていた。
ランナーはどちらもタッチアップをしたので点数は入ったが、最少失点に抑えられた。
「ナイスキャッチ!」「佐藤、すげぇぞ!!」
ベンチから一斉に声が飛ぶ。
「悠真、おまえ今の取ったの!?」「フェンス際だぞ!」
佐藤はグラブを掲げ、ニカッと笑って立ち上がった。ジャージの右肩が砂で汚れている。
ベンチでそれを見ていた谷崎コーチがぽつりと呟いた。
「……あの脚力と判断力、やっぱりアイツは守備で飯食えるレベルですね」
「まあ、もう少し打てないといけないけどな」と監督が小さく返す。
谷崎も笑った。
「打撃は今後として……外野守備の安心感はトップクラスになれる逸材。今のも、普通だったら長打ですよ」
「確かに全力で追って、フェンスに怖がらず突っ込めるのは才能じゃなくて覚悟だな」
「やっぱりあいつ、こういう時の集中力、すごいっすね」
一塁側ベンチで帽子を取った佐藤が、フェンスを軽く叩いてから守備位置に戻っていく。
その背中に、チームメイトたちの歓声が響く。
マウンド上の井上が、ゆっくりと息を吐いた。
(助けられてるな……俺、ひとりじゃない)
失点は最小限。
それでも、井上の心に灯るものはあった。
守備が、チームが、自分を信じてくれている――その実感が、彼の立ち直りの第一歩だった。




