表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スラッガーにはなれないけど  作者: 世志軒
第1部 第3幕【第1章ː地獄の合宿編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/229

第3幕【第1章ː地獄の合宿編】合宿1日目・ケースバッティング(1年生編⑨)

――ノーアウト二・三塁。


空気が張り詰める中、井上は次の打者を迎えていた。


ピンチは続く。すでに4本のヒットを浴び、守備陣が声を出しても、流れは相手側に傾いている。


(絶対に、これ以上はやらせない)


井上はそう心に誓いながら、再びストレートを選んだ。もはや、それしか投げられる球がなかった。


初球――


内角の直球を強引に引っ張られる。


「打った――!」


三遊間。強いゴロ。三塁寄りに守っていた千堂陸の前に、鋭く転がっていく。


誰もが「抜けた」と思った瞬間、千堂が一歩、いや半歩早く反応していた。


(間に合う――!)


鋭く左足を一歩踏み出し、身体を低く沈めて滑り込むようにダイビング。


「ゴンッ!」


グラブに収まる鈍い音。千堂は地面を滑る勢いのまま、グラブから素早くボールを引き抜き、膝立ちの体勢から一塁へ送球――


「アウトォォォォ!」


一塁塁審の大きなコール。


ランナーは三塁から還ったが、千堂のプレーが確実にピンチの拡大を防いだ。


「ナイスプレー! 千堂!」

「よく止めた!」


ベンチから歓声が飛ぶ中、大山監督は腕を組んだまま微動だにしなかったが、その目は明らかに緩んでいた。


隣で谷崎コーチが呟く。


「今の……よう止めましたね。あんな打球、普通は抜ける打球なのに。カバーどころか、流れごと止めましたね」


「あいつの守備は、確かに信頼できる。とっさの動きに迷いがなかった」


「“準備してる”ですね、あれは」


谷崎は先ほどの守備を見ながら、さらりと言った。


「疲れていつもより体が動かない中で、打球方向や打者の癖を頭に入れて、予測をした。その結果、足の一歩目が速くなった、才能だけじゃねえ。意識の賜物だ」


大山監督は唇の端だけをわずかに上げた。


「試合で生きるプレーが、できるようになってきたな」


その言葉に、谷崎も頷いた。


「ま、それが常にできるようになったら、あいつの守備はもう、“一年生の守備”じゃなくなりますね」


千堂は一塁側ベンチに向けて軽く手を挙げると、無言でポジションに戻った。


派手さはない。だが、確実に、井上の気持ちを救ったプレーだった。


マウンド上の井上が、帽子のつばを一度だけ触った。


ほんのわずかに、力が戻ってきていた。


――まだ、終わりじゃない。


この一本が、再びチームに流れを呼び戻し始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ